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生理学
マラソンマウスの機構

Physiology
Marathon Mouse Mechanism

Editor's Choice

Sci. Signal., 22 December 2009
Vol. 2, Issue 102, p. ec403
[DOI: 10.1126/scisignal.2102ec403]

L. Bryan Ray

Science, Science Signaling, AAAS, Washington, DC 20005, USA

要約 : 定期的な運動が健康にもたらす効果の1つは、手足の血液循環の増大である。反対に、運動しない生活習慣は、末梢動脈疾患の発症に関わる主要な因子である。Chinsomboonらは、運動が筋肉の新たな血管の発生を促進するシグナル伝達経路について検討した。彼らは筋肉内の血管新生を促進するPGC-1α(PPARγコアクチベーター1α)に注目した。PGC-1αは、ペルオキシソーム増殖剤応答性受容体(PPAR)として知られる、脂質とグルコースの代謝を調節する核内受容体とともに、転写コアクチベーターとして機能することからそのように命名された。回し車を与えられたマウスは、かなりの自発的な持久力トレーニングを行い、1日に8kmも走る。そのような運動は、大腿四頭筋の血管新生の増大と関連していた。しかし、筋肉のPGC-1αの発現が欠損するように遺伝子操作したマウスでは、運動が血管新生に及ぼす有益な効果がほぼ認められなかった。PGC-1α遺伝子には、近位プロモーターの上流に選択的プロモーターがあり、N末端にいくつかのアミノ酸が追加された、わずかに異なるPGC-1αタンパク質が生成される。このプロモーターからのmRNAの発現は運動後に100倍上昇したのに対して、近位プロモーターからの転写は変化がなかった。タンパク質のわずかな変化が機能に影響を及ぼすのか、あるいは選択的プロモーター(筋肉と脂肪組織にのみ存在する)の主な働きは組織特異的調節なのかについてはわかっていない。β-アドレナリン受容体によるシグナル伝達はPGC-1α mRNAの発現を上昇させ、そのようなシグナル伝達を薬理学的に阻害すると、運動がPGC-1αの発現に及ぼす効果のほとんどが阻止された。動物にβ-アドレナリン受容体作動薬を投与した場合も、血管新生応答の重要な成分である血管内皮増殖因子(VEGF)の発現が促進され、筋肉組織のPGC-1αが欠損した動物ではこの効果が遮断された。PGC-1αは核内受容体であるエストロゲン関連受容体α(ERRα)と協同で作用してVEGF遺伝子の発現を調節し、ERR-/-マウスでは、運動によって血管新生が誘導されなかった。このようにして著者らは、運動によって誘導されるβ-アドレナリン作動性シグナル伝達の亢進が、PGC-1αの選択的プロモーターに存在するサイクリックアデノシン一リン酸(cAMP)応答配列を介して、その発現を促進すると提唱している。PGC-1αは、次にERRαと協同でVEGFの産生を増加させ、血管新生を促進する。作動している経路はこれだけではない可能性が高く、著者らは、この経路が低酸素誘導性シグナル伝達やAMP活性化プロテインキナーゼによる代謝感知とは独立していることを指摘している。これら2つの機構は以前に提唱されていたが、確固たる実験的証拠が得られていなかった。臨床的な意義としては、この経路が血管分布の増大を目的とした治療の標的になる可能性があげられるとともに、冠動脈疾患患者に一般的に処方されるβ-アドレナリン作動性シグナル伝達の拮抗薬が、これらの患者において運動の有益な効果の1つを阻害するという、望ましくない副作用をもたらす可能性に注意が喚起される。

J. Chinsomboon, J. Ruas, R. K. Gupta, R. Thom, J. Shoag, G. C. Rowe, N. Sawada, S. Raghuram, Z. Arany, The transcriptional coactivator PGC-1α mediates exercise-induced angiogenesis in skeletal muscle. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 106, 21401-21406 (2009). [Abstract] [Full Text]

L. B. Ray, Marathon Mouse Mechanism. Sci. Signal. 2, ec403 (2009).

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