多能性幹細胞(PSC)は、無制限に自己再生し、分化能力があることが特徴です。生体生物の器官のどんな細胞にも分化できる能力があることから、治療への応用が注目を集めています1。多能性幹細胞(PSC)は大きく分けて、胚性幹細胞(ESC)と人工多能性幹細胞(iPSC)の2種類があります。多能性幹細胞は、特定の細胞に分化するまで多能性を持ちます。幹細胞の多能性を保つには、多能性促進遺伝子を活性化する転写因子と、分化促進遺伝子を抑制する転写因子を選定する必要があります。これらの転写因子の発現レベルとトランス活性化能は、順番に翻訳後修飾(PTM)によって制御されています2,3。これらの主要な多能性転写因子は、Oct4, Sox2, Nanog3の3種です。これらの転写因子は互いに依存せずに機能できるうえ、Oct4については自己阻害能を持っていたり4、NanogがOct4/Sox2ヘテロダイマーによって、厳しく制御されたりすることもあることから5,6、転写制御の仕組みは複雑です。
PTMによってOct4, Sox2, Nanogの安定性(発現レベル)と転写活性(DNA結合親和性)が精密に制御されることを理解することは、幹細胞の恒常性の研究7に不可欠です。本稿では、Oct4, Sox2, Nanogといった多能性転写因子の活性が、ユビキチン化、SUMO化、リン酸化、メチル化、アセチル化などのPTMによって、いかにして制御されているかを考察します。
図1 Oct4, Sox2, Nanogによる翻訳後修飾(PTM)
様々なPTMが多能性転写因子の安定性と転写活性を制御しており、幹細胞が多能性を維持するか特定の細胞に分化するかを決定する。
Oct4のPTM制御
Oct4の発現レベルや転写活性は、ユビキチン化、SUMO化、リン酸化などのPTMにより制御されています。主にユビキチン化-プロテアソーム分解システムが制御されることで、細胞内のタンパク質発現の質とレベルが維持管理されています。Oct4のK63がwwp2 E3リガーゼによりユビキチン化されると、Oct4の発現レベルが低下し、胚性幹細胞は所定のタイプの細胞に分化するよう誘導されます7,8。Oct4の発現レベルだけではなく、転写活性もPTMが制御しています。Oct4のPit1-Oct-Unc86(POU)DNA結合ドメイン付近のK118がSUMO化されると、安定性とDNA結合親和性(トランス活性化能)9が著しく増加します(図1)。
Oct4はほかの転写因子とヘテロ二量体を形成したり、ホモ二量体を形成したりして、潜在的な転写活性を多様なものにしています10。プロテインキナーゼAによりSer229がリン酸化されると、Oct4ホモ二量体の配座がブロックされ、配列特異的なDNAへの結合が阻害されます11。さらに、ある未知のキナーゼによりPOU DNA結合ドメイン内でT234とS235の残基がリン酸化されると、Oct4の活性が低下します12(図1)。AblキナーゼによりY327残基がリン酸化されると、Oct4のDNA結合と転写活性に影響を及ぼす可能性はあるものの、まだ確証がありません12。
Sox2のPTM制御
胚性幹細胞におけるSox2の発現レベルはメチル化とリン酸化が拮抗することにより正確に制御されています13。メチルトランスフェラーゼSet7は、Sox2のK119をモノメチル化することで転写活性を阻害し、Sox2のユビキチン化を促進します(図1)。転写活性阻害とは逆に、AKT1によりT118がリン酸化されると、Sox2が安定化され、ユビキチン化-プロテアソーム経路が阻害されることで発現レベルが維持されます。Sox2の3つのセリン残基(S249、S250、S251)がリン酸化されると、K247でのSUMO化が促進されます14(図1)。
Oct4の場合とは異なり、Sox2はSUMO化されることで、DNA結合が阻害され、転写活性が低下します15。ストレス状況下では、SUMO化によってタンパク質が安定化され、タンパク質の核への輸送が増すことを考えると、リン酸化に依存するSUMO化は核輸送機構であるという認識は理にかなっているといえるでしょう16。ヒストンアセチルトランスフェラーゼ(p300/CBP)によりSox2のK75がアセチル化されると、ユビキチン介在性分解経路により、Sox2の核輸送と分解が促進されます17(図1)。
NanogのPTM制御
Nanogの複数のセリン残基がERK1によりリン酸化されることで、活性レベルが低下し、胚性幹細胞の分化が促進されます18。ERK1によりリン酸化されると、NanogはE3ユビキチンリガーゼFBXW8によってユビキチン化を受けやすくなり、安定性が低下します。逆に、ユビキチン特異的ペプチダーゼ21(USP21)が、胚性幹細胞のNanogと相互作用し、K48ユビキチン鎖に特異的な結合を脱ユビキチン化することで、Nanogの安定性を制御し、胚性幹細胞の多能性状態を維持します19(図1)。NanogについてはSUMO化の報告はまだありません。しかしながら、Nanogの発現は、Oct4やSox2のSUMO化によって相反する方向に制御されています。Oct4のSUMO化によりNanogの発現が上方制御され、Sox2のSUMO化によりNanogの発現が下方制御されます20。
まとめ
多能性転写因子の発現レベルとトランス活性化は、幹細胞を多能性にするか分化させるかを決定するもので、PTMにより厳密に制御されています。多能性の調整回路を微調整する仕組みとして、さまざまなPTMが、拮抗したり協力したりしながらOct4、Sox2、Nanogの活性を決定しています。したがって、個々の幹細胞のタンパク質マーカーのPTMを正確に同定することは、これらの転写因子がどのように互いに影響し合って幹細胞を制御しているかを理解するうえで非常に重要です。
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