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技術情報

酪農食品科学特論 - 機能性ミルクタンパク質実験講座 - 改訂版

記事ID : 13139

I.構造編-6.分離したフラグメントの反応性の検定


フラグメントの分離とペプチドマッピング

タンパク質をプロテアーゼあるいは化学的な手段を用いて分解した混合物を、逆相クロマトグラフィーあるいは二次元電気泳動法(two- dimensional electrophoresis) によって分離し、そのパターンを解析することをペプチドマッピング(peptide mapping)といいます。

逆相クラマトグラフィーによる分離

逆相クロマトグラフィーとは、固定相(充填剤)の極性を移動相(溶媒)よりも小さくして分離するクロマトグラフィーの一手法です。分離対象物(溶質)は疎水結合によって固定相に保持され、親水性の高い溶質ほど早く、逆に疎水性の大きな溶質ほど遅れて溶出します。分離用カラムとしては一般にシリカゲルを素材とした多孔性の担体が多く、その表面を炭化水素鎖で被っています。炭化水素の鎖長としては、炭素数が4個 (C4) から18個 (C18) まで各種あります。一般に低分子量で極性が低い物質の分離にはC18カラムなどが、高分子量の物質が対象の場合はC4カラムあるいはC8カラムがもっぱら用いられます。また、0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)を含むアセトニトリル-水系が移動相としてよく用いられます。

クロマトグラフィーの分離能を上げるためには一般に粒子径が小さいほうが良いと言われています。しかしよく経験するように目詰まりが起き易くなり、流速が低下します。流速を維持するためには圧力をかけざるを得ず、その圧力に耐えうる材質のクロマトグラフィー担体と装置が開発されました。これがHPLC(high performance liquid chromatography)装置です(図6-1)。

図6-1

図6-1.一般的な高速液体クロマトグラフィー装置の模式図。実際にはポンプの制御とデータ処理は同一のコンピュータを使用しています。

図6-2.ウシラクトフェリシンのジスルフィド結合を還元し、ピリジルエチル化した後に逆相クロマトグラフィーを行い、修飾されたペプチド(ピーク1)と、修飾されていないペプチド(ピーク2)を分離しました。カラムはTSKgel ODS-80Ts、210 nmで検出、流速は1 ml/min。溶出は0.1%TFA/アセトニトリル(0.1%TFA)の濃度勾配溶出法。

逆相クロマトグラフィーに用いる装置

高圧グラジェント溶出法に用いるクロマトグラフィー装置は、溶媒を一定の流速で送液するポンプ(2台)、グラジェントコントローラ、サンプルインジェクター、分離用カラム、検出器、記録計あるいはデータ処理用コンピュータで構成されます。カラム恒温槽、オートサンプラー、フラクションコレクターなども用いられます。溶出する物質の検出方法としては、紫外部での吸光度を測定するのが一般的です。


図6-3.ピリジルエチル化したウシラクトフェリシン(図6-2のピーク1)のCNBrによる開裂混合物の逆相クロマトグラフィーパターン。ピーク1、2はフラグメントで、ピーク3は未分解のもの。カラムはTSKgel ODS-120Tで、210 nmで検出。他の実験条件は図6-2と同じ。

ペプチドの化学的修飾

第3章ではNローブに対するモノクローナル抗体を得るために、Nローブの一部であるラクトフェリシンを用いてマウスの免疫を行いました(第3章の補足cを参照)。そこで用いたペプチドを構成しているアミノ酸残基について、抗体との反応性への寄与を調べるために下記の実験を行いました。すなわちLys残基のε-アミノ基を無水コハク酸(succinic anhyd¬ride)で、Arg残基のグアニジル基を1,2-シクロヘキサンディオン(1,2-cyclohexane¬dione)で、Trp残基のインドール基をN-ブロモサクシンイミド(N-bromosuccin imide, NBS)でそれぞれ反応させました。次いで各反応混液から逆相クロマトグラフィーで目的の修飾ペプチドと未修飾ペプチドおよび過剰の試薬を分離しました。得られた修飾ペプチドについてELISA法でモノクローナル抗体との反応性を調べたところ、Lys残基を修飾したものでは残存反応性が96.5%でしたが、Arg残基とTrp残基を修飾した場合は、残存反応性がそれぞれ30%と28%に低下しました。このことより、抗体との反応にはArg残基とTrp残基が関与している可能性が大きいことが分かりました1)

上記の反応以外にもアミノ酸残基側鎖の官能基を修飾する方法は多数あります。例えばLys残基のε-アミノ基はトリニトロベンゼンスルホン酸(TNBS)と反応し呈色するため、アミノ基の定量にも用いられています。また、CysHの-SH基のアルキル化には4-ビニルピリジン(4-vinylpyridine)によるピリジルエチル化が後述のアミノ酸配列決定の場合に使用される方法です。His残基側鎖のイミダゾール基の化学修飾はジエチルピロカーボネイト(DEPC)によって行いますが、これはリボヌクレアーゼの阻害剤でもあります。

化学修飾の目的

タンパク質やペプチドの特定のアミノ酸側鎖に対する化学的な修飾は、そのタンパク質などの機能に関与している残基の同定、さらには機能発現のメカニズムなどについての情報を得るために行われます。また、対象としたアミノ酸残基がタンパク質分子の表面に露出しているか、あるいは内部に埋没しているかなどの知見を得ることも可能です。高次構造が知られている場合には、それらをつき合わせてより詳細な解析が可能となります。その他に、分子内あるいは分子間の架橋を行う場合にも化学的な方法が用いられます。酵素の安定性を高めたり、担体に固定したりする場合がその例です。また、[125I]-Bolton-Hunter試薬などによる放射性標識もアミノ基に対する修飾反応を利用しています。蛍光性物質を特定の部位に導入して、その分子の挙動や置かれた環境を知るためのプローブとして用いる場合もあります。

糖鎖の寄与の評価

ペプチド鎖以外、たとえば糖鎖が抗原決定基となっている可能性もあり得るので、糖鎖を切り離したペプチド鎖を調製し、その抗原性を調べました。この操作によって糖鎖が除かれたことは、処理前後のペプチドのSDS-電気泳動による分離の際の移動度の変化と、泳動後のアクリルアミドゲル中で糖質を染色することができるPAS (periodic acid- Shiff) 染色法によって確認しました。その他に電気泳動後のゲルからタンパク質成分をニトロセルロース膜に転写した後に、酵素標識したレクチンで確認する方法もあります。あるいは、電気泳動をせずに直接にサンプルをニトロセルロース膜に吸着させて(ドットブロット法)、レクチンとの反応性を見る方法もあります2)

補足

a)逆相クロマトグラフィー(reversed- phase chromatography)に用いるカラム充填剤のC18とODS(octdecyl silica)は、共にその固定相がオクタデシル基でコーティングされていることを意味します。その他にオクチル基、フェニル基、シアノプロピル基、メチル基なども用いられます。

b)逆相クロマトグラフィーに用いられるカラム充填剤の粒子径は2-10μmで、粒子のポアサイズは8-25 nmです。基材としてシリカが一般的ですが、残存シラノール基が問題になる場合があります。一方、ポリマー系はアルカリ条件下でも使用が可能な材質で、ポアサイズ(pore size)は8-100 nmとなっています。なお、液体クロマトグラフィーの装置や充填剤は日進月歩で、分析用、分離用など、目的によって様々な使い分けがされています。

c) HPLCはhigh-pressure liquid chromatographyとも言われました。

d) α-アミノ基はアミノ酸のCαに結合しているアミノ基のことで、Lysの側鎖のアミノ基はε位となります。

e) TNBSはtrinitrobenzene sulfonic acid、DEPCはdiethylpyrocarbonateの略。

f) クロマトグラフィーでの溶出の場合、ごく接近した溶出ピークでそれらの成分量に差がある場合には肩(ショルダー)と呼ばれるパターンをとります。これはクロマトグラフィーパターンの微分値をとると変曲点が現れることによって判断できますが、慣れると肉眼でもチャートを斜めにして見ることで判定できます。

g) 電気泳動ゲルで糖タンパク質を検出するには、stains-allという色素による染色も有効です。

引用文献

1) Shimazaki,K. et al., J. Vet. Med. Sci., 58(12) 1227-1229 (1996)
2) Shimazaki,K. et al., Comp. Biochem. Physiol., 98B(2/3) 417-422 (1991)

参考図書

「Current Protocols in Immunology」, John Wiley & Sons (1991)
「Current Protocols in Protein Science」, Wiley & Sons (1991)
「Proteins (2nd ed.)」, W.H.Freeman & Company (1993)
「ライフサンエンスのための高速液体クロマトグラフィー・基礎と実験」中川・牧野編集、廣川書店(1988)
「改訂第4版 タンパク質実験ノート(下)」岡田・三木・宮崎(編)、羊土社(2011)

演習問題

問1.タンパク質やペプチドの逆相クロマトグラフィーによる分離に用いる溶媒として、水-アセトニトリル系が多く用いられています。その時0.1%程度のトリフルオロ酢酸(TFA)を加えますが、その理由を説明して下さい。

問2.逆相クロマトグラフィーに対して順相クロマトグラフィーとはどんなクロマトグラフィーですか。また、「極性」という言葉をなるべく具体例を用いて分り易く説明して下さい。

問3.図6-1では高圧グラジエントのシステムが示されています。では、低圧グラジエント法とはどのような方法ですか。実際に行う場合を想定して、図を使って具体的に説明して下さい。

問4.クロマトグラフィーの一つに疎水性クロマトグラフィーと呼ばれるものがありますが、それはどのような方法ですか。

問5.液体クロマトグラフィーに限りませんが、溶出してくるピークは理想的にはガウス型のピーク形をしています。しかし実際にはどちらかの側に偏った形で、かつピーク幅も広くなりがちです。このようになる要因について推定して下さい。

問6..液体クロマトグラフィーカラムの分離の良さを表現する指標としての理論段数は、どのように求めますか

問7..液体クロマトグラフィーにおいては、長い間放置しておいたカラムの中や、装置の運転中に検出装置内での気泡の発生は頻繁に生じることがありますが、大切な試料の分析結果が得られないなど致命的なトラブルとなります。後者の場合は、流路系において圧力が低くなったために溶媒中に溶解していた気体が出てくるものです。このような気泡の発生を防ぐには、どのような手段がありますか。

問8.クロマトグラフィーでは、分析試料中に含まれる特定のピーク成分を同定したり、さらにはその量を推定することが出来ます。具体的にどのような実験方法をとったらよいでしょうか。特にHPLCでの場合を想定して説明して下さい。

問9.糖鎖が結合するタンパク質のアミノ酸残基には2系統あります。何と何ですか。またそれらの糖鎖の違いの特徴を述べて下さい。

問10.タンパク質に結合した糖鎖を切断するのに用いられる酵素にはどのようなものがありますか。また、化学的な切断方法と比べて酵素を用いるメリットを考えてください。

問11.レクチンとはどのようなものですか。起源、機能について分かり易く説明してください。

問12.ドットブロット法でラクトフェリンのレクチンに対する反応性を見た結果を表6-1に示しました。この結果から、どのようなことがいえますか。また、ラクトフェリンの持っている糖鎖の構造を推定するための概略について説明してください。

表6-1.ラクトフェリンに対する6種類のレクチンの反応性2)
- Con A RCA120 LCA WGA PHA-E4 PNA
ウシ + + + + + -
ヤギ + + + + + -
ヒツジ + + + + + -
ヒト ± + + - + -

問13.カルボキシル基とアミノ基をその構成成分として含んでいるペプチドの等電点を変えようと考えました。各アミノ酸残基を化学的に修飾する方法で目的を達するためには、どのような修飾試薬を用いたらよいでしょうか。

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