ホスフォイノシチドは細胞膜の一部分を構成する荷電性膜脂質群の総称で、細胞における数々の調節反応によって活性化されることが知られています。これら一連の物質は細胞における増殖やアポトーシス、形態形成および運動性を支配するシグナル伝達経路において2次メッセンジャーとして機能し、また膜やタンパク質の転送や細胞接着、そして細胞骨格の再構築などでも重要な役割を担っています。
増殖因子やホルモンによる刺激に応答して特定のホスフォイノシチドが産生されると細胞におけるシグナリングが活発化します。ホスフォイノシチドの濃度や分布は脂質修飾酵素、すなわちキナーゼやホスファターゼ、ホスフォリパーゼ等によって触媒される相互交換反応によって規定されています(図1)。2次メッセンジャーとしてのホスフォイノシチドの活性はリン酸基の結合状態によって決定されるため、これら脂質類を修飾する酵素がシグナル伝達反応を正しく進めるための中核的な物質ということになります。炎症や糖尿病、動脈硬化や癌などの一連の疾患はこれらシグナル伝達経路の障害に起因することがよく知られています。
ホスフォイノシチドは細胞膜特定サイトにおけるエフェクタータンパク質への結合や、局在化されたシグナルの生成を通じて生物学的な効果を発揮します。受容体を介したシグナル伝達反応では、ホスフォイノシチドは膜状でサイト特異的なシグナル物質として機能し、エフェクタータンパク質と結合してこれらをプラズマ膜内表面の決められたサイトへと輸送するというメカニズムが知られています。すでに多くのホスフォイノシチド作用性タンパク質は同定されており、その100種以上は様々なホスフォイノシチドの種に対応した親和性と特異性を有するPleckstrin Homology(PH)ドメインという部位を含んでいます。それ以外のエフェクタータンパクのドメインとしてはホスフォイノシチドと相互作用する「FYVEドメイン」、特殊な「ジンクフィンガー」そして「Phox(PX)ドメイン」などが報告されています。プロテオミクス研究の発展にともない、新規の細胞−脂質相互作用の同定や、ホスフォイノシチドを仲介としたシグナリングによって規定されるタンパク質複合体の機能解析は細胞における分子レベルでのシグナル伝達経路のメカニズム解明において重要なテーマとなり得ます。
ホスフォイノシチドやイノシトールリン酸エステルはその役割の重要性(表1)にもかかわらず、活性や生物学的な作用に関する研究がこれまでほとんど進んでいませんでした。これは研究材料となる物質が入手困難であったため、脂質分野それ自体の研究に支障をきたしてしまったことが原因です。エシェロン社ではこのニーズに応えるため、化学合成によるホスフォイノシチドおよびイノシトールリン酸エステル研究用の試薬を完全なライン・アップという形で取り揃えました。この中には天然物としては入手不可能なものも含まれています。またエシェロン社はプロテオミクスや細胞生物学の分野に従事する研究者の需要を受けて、高度な熟練や専門知識を要さずに研究を行うためのツール各種、すなわち「ホスフォイノシチド−タンパク質相互作用」や「ホスフォイノシチド介在型シグナリング」に関連したキット類もご提供しております。