原 昭壽 先生 名古屋大学医学系研究科 腫瘍病理学 |
RNAscope™を用いた心筋梗塞病変の組織学的評価と注意点
ユーザーレポート
Products
- RNAscope™2.5 HD Reagent Kit- BROWN (品番:322300)
- RNAscope™2.5 HD Duplex Reagent Kit (品番:322430)
- RNAscope™Target probe Mm-Acta2, Mouse (品番:319531)
- RNAscope™Target probe Mm-Islr-O1-C2, Mouse (品番:453321-C2)
メーカー:Advanced Cell Diagnostics, a brand of Bio-Techne Corporation メーカー略号:ADC
■ RNAscope™ 2.5 シングルプレックス発色アッセイ
茶色 (DAB) または赤色 (Fast Red) 染色用のキットをご用意しています。
■ RNAscope™ Duplex(二重染色)発色アッセイ
2種類のターゲットを同時に検出可能です。赤色 (Fast Red) / 緑色 (HRP-Green) 二重染色用のキットをご用意しています。
実験内容
近年さまざまな網羅的遺伝子発現解析法が実用化され、シングルセル解析でさえも一般的に行えるようになりました。そのようなハイスループットな実験系全盛の現代においても、組織評価は依然として網羅的解析ではカバーできない解剖学的な情報をもたらしてくれる重要な実験です。
分子細胞生物学の分野では、抗原抗体法を用いた免疫染色(Immunohistochemistry: IHC)が主に用いられてきました。IHCは、比較的簡易なプロトコールで再現性の高い結果が得られる優れた実験系ですが、①実験の信頼性(非特異的シグナルの多寡)は抗体の性能に依存すること、②抗体ごとにプロトコールの最適化を必要とすること、③シグナルの定量性に乏しいこと、などの欠点があります。さらに分泌性タンパク質の場合、「染色陽性」が発現細胞を示しているとは限らない点も考慮しなくてはなりません。既存の論文の中にも、非特異的シグナルを真のシグナルと認識してストーリーが組み立てられていると思われるものが少なからず含まれているようです。我々の教室では、分泌性膜型タンパク質Meflin(遺伝子名 ISLR)に着目した際、市販・自作含めた多くの抗体でIHCを行い、非特異的シグナルの少ない条件設定を試みてきましたが、数年の歳月をかけても満足のいく抗体・条件が設定できませんでした。代替手段としてmRNA染色法であるIn situ hybridization(ISH)を外注で行ってきましたが、RNAscope™の導入により、ホルマリン固定パラフィン包埋切片を用いたISHが教室内で安定して実施できるようになりました。
RNAscope™はプロトコールが標準キット化されたISHシステムで、導入にあたっては、標的遺伝子プローブ、発色キット、温度・湿度調整オーブン&トレイ、ホットスチーマーなどの購入が別途必要となります。IHCと比較した際のメリットは、①非特異的シグナルが少ない、②遺伝子プローブごとの条件設定の必要がない、③シグナル(Dot)の半定量が可能である、などが挙げられます。さらに、本法のシグナルはmRNAを示していることから、分泌性タンパク質の発現細胞の同定を目的とする場合、IHCよりも適切な結果を得ることができます。
本稿で提示するのは、心筋梗塞モデルにおける線維芽細胞・筋線維芽細胞の観察像です。筋線維芽細胞はαSMA(遺伝子ACTA2)がマーカーとして知られていますが、心筋梗塞組織のIHCでは非特異的シグナルが多く、評価が困難でした(図1)。RNAscope™ を使用したISHを行うことで、それぞれの遺伝子発現を細胞単位で可視化することができ、間葉系細胞マーカーとして我々が報告しているMeflin(Islr)陽性の線維芽細胞とActa2陽性の筋線維芽細胞の分布を評価することができました(図2)。
図1. 冠動脈結紮による心筋梗塞モデル梗塞境界領域の組織染色
A. ヘマトキシリン・エオジン染色 B. αSMA(遺伝子Acta2)抗体を用いた免疫染色 C. RNAscope™ Acta2プローブを用いたIn situ hybridization (ISH): 免疫染色組織において、特に壊死心筋での非特異的シグナルが目立つ。ISH染色組織では、各細胞単位でのActa2発現が評価可能である。
図2. 心筋梗塞モデル梗塞領域のISH二重染色
線維芽細胞(Islr陽性:赤)と筋線維芽細胞(Acta2陽性:緑、血管平滑筋でも陽性)の分布が観察可能である。リポフスチン顆粒(矢頭)のようなDAB発色ではシグナルと混同しやすい褐色構造物も本法を用いて識別できる。
当教室ではBROWNキットでの単染色を標準的には行っていますが、心臓組織においてはリポフスチン顆粒やヘモジデリンなどシグナルと同色の構造物が存在することから、他の発色キットを用いることも選択肢となります(図2)。そのような場合でも、RNAscope™ではすでに購入してある遺伝子プローブを他の発色キットに使用することができます。すなわち単染色(BROWN, RED)キット、二重染色(RED & GREEN)キット、蛍光染色キット、いずれにも同じ遺伝子プローブが使用可能です。ただし、二色以上の同時染色を行う場合、二色目以降は別チャネルのプローブを購入する必要があるので注意が必要です(チャネルに関してはメーカー公式サイトを参照してください)。
以上のことから、「免疫染色に適した抗体が確立していない比較的マイナーなタンパク質の発現組織解析」を目的としたケースではRNAscope™が積極的に推奨されます。ヒト組織でも、組織固定までの時間が短い生検組織や手術検体では良好な染色が期待できます。一方で、組織固定までの時間が長くmRNA分解が進んだ病理解剖検体での染色は不安定と言えます。
RNAscope™は公式に定義された基準での半定量が可能ですが、mRNA発現量がその遺伝子の活性を必ずしも反映しないことに留意する必要があります。最終的にはISHとIHCを併用した総合的評価がデータに説得力をもたらすことになります。その過程において、IHCの条件設定のポジティブコントロールとしてRNAscope™の結果を参照することも有用な利用法と考えます。
当研究室で得られた経験から、RNAscope™の有用な点、注意点について述べてきました。多くの研究者の実験にお役立ていただければ幸いです。