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技術情報

記事ID : 45502

【技術解説】AQUAグレードペプチドを用いた抗体に依存しないタンパク質の定量法


大槻純男 先生

熊本大学 大学院生命科学研究部 微生物薬学分野 教授
大槻 純男 先生

【大槻先生による解説ウェビナー】
標的プロテオミクスによる抗体に依存しないタンパク質定量 
― 基礎から創薬アプローチまで ―

開催日時 : 2026 年 10 月 20 日 (火) 16:00〜17:00

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目次

AQUA グレードペプチド
質量分析の内部標準に最適な「安定同位体標識ペプチド」
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1. はじめに

タンパク質は細胞機能を直接担う分子であり、その量的変化は疾患、薬物応答、発生、老化、環境応答など多様な生命現象の理解に不可欠である。そのため、タンパク質の量を測定すること (定量) は生命科学を含めた生物系実験においては必須の実験手法である。タンパク質を定量する多くの場合、標的のタンパク質に対する抗体を用いた Western blot や ELISA が広く利用されてきた。しかし、読者の多くが抗体の入手性、特異性や反応性などの問題に直面した経験が少なからずあるのではないだろうか。このような時に、Absolute Quantification (AQUA) グレードペプチドを用いた質量分析 (MS) によるタンパク質定量法 (Quantitative Targeted Absolute Proteomics, QTAP) は非常に有用である 1)。QTAP 法は抗体を用いないタンパク質定量法として、抗体の問題で停滞していた研究を新たなステップに進める一助となる。本稿では読者が QTAP 法を利用するきっかけになるための基礎知識として、基本的な定量原理や利点・欠点、応用例について紹介する。

2. QTAP 法を活用できるケース

標的とするタンパク質を検出できる抗体やリガンドがない場合は、QTAP 法を活用できる可能性がある。下記に QTAP 法を活用できる具体的ケースを挙げる。一つでも興味があるケースがあれば、是非とも本稿を最後まで読んでいただき QTAP 法の利用を考えていただきたい。

  1. 標的タンパク質の特定のアミノ酸の翻訳後修飾を定量したい
  2. 標的タンパク質の全体に対して何%が翻訳後修飾を受けているか測定したい
  3. バイオマーカー候補タンパク質を 50 分子同定したので、次に多検体を用いて候補タンパク質を一斉定量してマーカー性能を検証したい
  4. ヒトタンパク質を投与したマウスやヒト化マウスなどの組織や血漿内のヒトタンパク質をマウスタンパク質と区別して定量したい
  5. 開発したタンパク質医薬品の投与後の血中濃度推移や組織分布を測定したい

3. QTAP 法によるタンパク質定量の原理

QTAP 法は液体クロマトグラフィー・タンデム質量分析装置 (LC-MS/MS) により標的タンパク質の絶対量の定量を行う手法である 2)。タンパク質試料をトリプシン等のタンパク質分解酵素で消化し、消化ペプチド中の標的タンパク質に特異的なペプチドを LC と MS で分離し、特異的ペプチドを MS の検出器でカウントすることで標的タンパク質を定量する。MS を使用し網羅的にタンパク質を同定する一般的なプロテオミクスでは、質量データからタンパク質を同定する。一方で、QTAP 法は標的プロテオミクスと呼ばれ、特定の質量のみを通すフィルターとして MS を利用し、標的とするペプチドのみを選択してカウントする。測定するペプチドのアミノ酸配列からフィルターに設定する質量は計算で算出することが可能である。さらに、質量 1 Da の差を区別するため、さまざまな翻訳後修飾やアミノ酸変異を区別して定量が可能である。

AQUA グレードペプチドは QTAP 法において物差し (内部標準物質) としての役割をはたす。AQUA グレードペプチドは定量標的のペプチドと同じアミノ酸配列、必要に応じて同じ翻訳後修飾をもち、13C や 15N 等で安定同位体標識されているペプチドである。トリプシン消化ペプチドの場合は、安定同位体標識リジンやアルギニンを C 末端にもつ。安定同位体標識ペプチドをヘビー (H) ペプチド、同じ配列の非標識ペプチドをライト (L) ペプチドと呼ぶ。H と L ペプチドは、質量以外は同じ性質もつため、LC の溶出時間や MS の開裂パターンは同一であるが、MS では異なるペプチドとして分離できる。そこで、一定量の H ペプチドをサンプルに添加し、無数のシグナルから標的ペプチドのシグナルを H ペプチドのシグナルとの一致から同定する。さらに、H ペプチドのシグナルに対する L ペプチドのシグナル比 (L/H) と H ペプチドの添加量から L ペプチドの絶対量 (=L/H x 添加量) を算出できる 2)。MS におけるペプチドの感度は共溶出されるペプチドなどの周囲環境や MS の経時的な感度低下によって変化するため、標的とする L ペプチドのシグナルのみによる定量は信頼性に劣る。H ペプチドは L ペプチドと同様の感度変化を起こすためシグナル比 (L/H) を用いることで感度変化を補正した信頼度の高い定量を実現する。

4. QTAP 法の実験ワークフロー

QTAP 法では、最初に標的タンパク質を測るためのペプチドを選択し、AQUA グレードペプチドを合成する (図1 手順1-2)。定量に用いるペプチドは標的ペプチドに特異的かつ感度が高いだけでは不十分であり、安定性も考慮する必要がある 3, 4)。例えば、メチオニンは酸化されるため、メチオニンを含むペプチドは酸化ペプチドと非酸化ペプチドが混在する。MS は酸化と非酸化ペプチドを区別するため、定量精度が低下する。また、トリプシン消化中に非酵素的に変化するアミノ酸も存在する。このようなペプチドの安定性を加味し、プロテオームの実データから定量に適したペプチドを選択可能であるが、我々はタンパク質のアミノ酸配列のみから in silico でペプチドを選択する技術を確立している 3-5)In silico 選択法を利用することで、短時間で選択できるだけではなく、プロテオームデータを得ることが難しい微小サンプルやマイナーな動物種のタンパク質のペプチドを選択できる。その後、選択したペプチドの H ペプチドと L ペプチドを AUQA グレードペプチドとして合成する。コスモ・バイオが提供している AQUA グレードペプチド合成サービスでは、in silico ペプチド選択も実施可能である。AQUA グレードペプチドは前述のとおり物差しとして働くため、ペプチドの純度だけでなく標識純度や収量の精度も重要であり、実績のある合成サービスを利用することが好ましい。AQUA グレードペプチド合成後は、LC-MS/MS での測定最適化を行うことで定量系が確立する。ここまでの定量系確立までにかかる時間は AQUA グレードペプチド合成に要する期間をふくめて約 1 ヶ月である。

QTAP 法で解析できるサンプルは SDS-PAGE や ELISA と同様のサンプルである。例えば、細胞や組織のライゼート、膜画分サンプル、免疫沈降サンプル等を測定可能である。サンプルを還元、アルキル化後にトリプシン消化を行い、内部標準である H ペプチドを一定量添加し、脱塩をおこない LC-MS/MS のサンプルとする (図1 手順5-7)。高精度な定量を行う場合は L ペプチドの希釈系列に一定量の H ペプチドを添加した検量線サンプルも作成する (図1 手順3)。作成したサンプルを LC-MS/MS で測定し、定量解析を行う (図1 4, 8-9)。定量解析は原理のところで解説したとおりシグナル比 (L/H) を用い、検量線を用いて、サンプル中のペプチド量を定量する。そして、一般的にペプチド量をタンパク量とする。ペプチド量の定量値の算出法やペプチド量からタンパク質の算出法はさまざまな方法があり、適切な方法を選択する必要があるが、詳細は割愛する。

 QTAP法の定量ワークフロー図
図1:QTAP 法の定量ワークフロー

5. QTAP 法の利点と欠点

QTAP 法の利点は、特異性、同時測定、短期間確立である (表1) 6)。MS は 1 Da 以下の差を区別するため、非常に特異性が高い。この高い特異性は、予期しない変異や修飾が入っていた場合は定量値を低く見積もってしまう欠点ともなる。また、LC-MS/MS は 1 回のサンプル測定で複数のペプチドを同時測定できる。最大数は測定条件に依存するが 50 ペプチド程度を同時測定できる。さらに、ペプチド選択、ペプチド合成、検出最適化を並行して 1 ヶ月程度で定量系を確立できる。すなわち、多数のタンパク質の定量系を短期間で構築し、同時定量を実施することが可能となる。また、抗体作成に必要な抗原の作成や免疫が必要なく、アミノ酸配列のみから定量系が構築できることも利点である。加えて、ゲノムにコードされるタンパク質のアミノ酸配列が全て明らかな場合、全消化ペプチドの質量が計算できるため、全タンパク質に対する特異性も評価できる。

一方で、LC-MS/MS は 1 サンプルずつ測定し、1 測定に 10-30 分を要するため、サンプルレベルでのスループットは劣る (表1)。ELISA は 1 タンパク質-多検体の測定であるのに対し、QTAP 法は多タンパク質 -1 検体の測定であり目的によって使い分ける必要がある。QTAP 法による定量値を解釈する際に注意すべき点は消化ペプチドの定量値であるという点である。消化ペプチドの量とタンパク質の量が一致するためにはペプチドの安定性に加えて消化効率が 100% である必要がある。すなわち、高効率な消化法を用いることが重要になる。また、Western blot は抗体の反応性に加えてタンパク質の分子量の情報が得られるが、QTAP 法 では消化を行うため分子量の情報は得られない。加えて、サンプル処理が複雑であり、LC-MS/MS の装置が高価かつ操作や維持に知識と技術が必要であるという欠点も存在する。これらの欠点は、専門家との共同研究や受託に頼ることで解決することが可能である。

表1:抗体によるタンパク質定量と AQUA グレードペプチドを用いたタンパク質定量の特性の比較
  抗体によるタンパク質定量
(ELISA や Western blot)
AQUA グレードペプチドを用いたタンパク質定量
(QTAP 法)
測定原理 タンパク質と抗体の結合 トリプシン消化により生じる特異的ペプチドのカウント
特異性 抗体の特異性に依存 (交差反応の可能性有り) 質量 1 Da 以下を区別する高特異性
定量精度・再現性 抗体ロットや測定条件の影響を受けやすい AQUA グレードペプチドを内部標準とした高い精度と再現性
多検体測定 多検体を同時に測定可能 1 検体ずつ測定
多重測定 1 分子測定 多分子 (10-100 分子) 同時測定
定量系構築 抗体の取得や系の構築に時間がかかる 約 1 ヶ月で構築可能
手技・装置 手技が簡便、自動化が可能 前処理が複雑、装置が高価で測定に専門性が必要

6. QTAP 法の応用

QTAP 法は多分子同時定量系を短期間で構築できるためバイオマーカーの検証に有効である 2)。我々は、血漿マイクロアレイを用いて膵がんマーカー探索を行い、23 分子をバイオマーカー候補分子として同定し、定量系を構築した。そして、約 600 検体の測定を行い、IGFBP2 および IGFBP3 を膵がんの早期検出バイオマーカーとして同定した 7)。また、分子標的薬の標的受容体 9 分子の同時定量系を用い、摘出した脳腫瘍を測定し、その定量プロファイルを元に薬剤の選択を実施した 8)。このような診断の場合、定量値を絶対量として測定することで、過去のデータとの定量比較や閾値の設定が可能となる。

また、酸化ストレスにより毛細血管内皮細胞の細胞膜の膜トランスポーターの活性が低下すること、その際、細胞膜上のタンパク質量は変化しないことを見出した 9)。そこで、そのメカニズムを解析した結果、caveolin-1 のリン酸化が関わっている可能性が示された。そこで、caveolin-1 の 4 つのリン酸化を区別する定量系、および caveloin-1 の全量を定量する定量系を QTAP 法で構築した。この定量系により caveloin-1 の全タンパク量とそれぞれのリン酸化の量を絶対量で得て、活性と最も相関するリン酸化を同定した 9)。また、培養細胞および組織中の膜トランスポーターの絶対量を QTAP 法で測定し、その情報を数理モデルに組み込むことで、薬物の体内動態を予測することにも成功している 4, 10)

7. AQUA グレードペプチドを用いたタンパク質定量法の展望

AQUA グレードペプチドを用いたタンパク質定量法である QTAP 法は、抗体を用いずにサンプル中のタンパク質の絶対量を特異的に定量することができる有用な方法である。QTAP 法は従来の抗体ベース定量法である ELISA や Western blot 等にとってかわる手法ではなく、相補的な特徴を持つ手法であり、両方の手法を利用できることがタンパク質研究を推進する上で重要である。QTAP 法は、以前は、専門家による高度な特殊技術であった。しかし、LC-MS/MS の性能向上や前処理法の改良などにより、だれもが生命科学研究や創薬研究に利用できる「より身近で、使いやすく、応用範囲の広い汎用的な定量ツール」へと移行しつつある。とはいえ、まだ利用にはハードルが高いと感じられる場合は、専門家に相談していただきたい。抗体の制限から解放されることにより、さまざまな研究領域の発展に QTAP 法が貢献できることを期待したい。

8. 参考文献

  1. Ohtsuki S, Uchida Y, Kubo Y, Terasaki T. Quantitative targeted absolute proteomics-based adme research as a new path to drug discovery and development: Methodology, advantages, strategy, and prospects. J Pharm Sci. 2011;100:3547-59.
    DOI:10.1002/jps.22612
  2. Ogata S, Masuda T, Ito S, Ohtsuki S. Targeted proteomics for cancer biomarker verification and validation. Cancer Biomark. 2022;33:427-36.
    DOI:10.3233/CBM-210218
  3. Mori A, Masuda T, Ito S, Ohtsuki S. Human hepatic transporter signature peptides for quantitative targeted absolute proteomics: Selection, digestion efficiency, and peptide stability. Pharm Res. 2022;39:2965-78.
    DOI:10.1007/s11095-022-03387-8
  4. Uchida Y, Tachikawa M, Obuchi W, Hoshi Y, Tomioka Y, Ohtsuki S, et al. A study protocol for quantitative targeted absolute proteomics (qtap) by lc-ms/ms: Application for inter-strain differences in protein expression levels of transporters, receptors, claudin-5, and marker proteins at the blood-brain barrier in ddy, fvb, and c57bl/6j mice. Fluids Barriers CNS. 2013;10:21.
    DOI:10.1186/2045-8118-10-21
  5. Kamiie J, Ohtsuki S, Iwase R, Ohmine K, Katsukura Y, Yanai K, et al. Quantitative atlas of membrane transporter proteins: Development and application of a highly sensitive simultaneous lc/ms/ms method combined with novel in-silico peptide selection criteria. Pharm Res. 2008;25:1469-83.
    DOI:10.1007/s11095-008-9532-4
  6. Masuda T, Mori A, Ito S, Ohtsuki S. Quantitative and targeted proteomics-based identification and validation of drug efficacy biomarkers. Drug Metab Pharmacokinet. 2021;36:100361.
    DOI:10.1016/j.dmpk.2020.09.006
  7. Yoneyama T, Ohtsuki S, Honda K, Kobayashi M, Iwasaki M, Uchida Y, et al. Identification of igfbp2 and igfbp3 as compensatory biomarkers for ca19-9 in early-stage pancreatic cancer using a combination of antibody-based and lc-ms/ms-based proteomics. PLoS One. 2016;11:e0161009.
    DOI:10.1371/journal.pone.0161009
  8. Yoshikawa A, Nakada M, Ohtsuki S, Hayashi Y, Obuchi W, Sato Y, et al. Recurrent anaplastic meningioma treated by sunitinib based on results from quantitative proteomics. Neuropathol Appl Neurobiol. 2012;38:105-10.
    DOI:10.1111/j.1365-2990.2011.01197.x
  9. Hoshi Y, Uchida Y, Tachikawa M, Ohtsuki S, Couraud PO, Suzuki T, et al. Oxidative stress-induced activation of abl and src kinases rapidly induces p-glycoprotein internalization via phosphorylation of caveolin-1 on tyrosine-14, decreasing cortisol efflux at the blood-brain barrier. J Cereb Blood Flow Metab. 2020;40:420-36.
    DOI:10.1177/0271678X18822801
  10. Uchida Y, Ohtsuki S, Katsukura Y, Ikeda C, Suzuki T, Kamiie J, et al. Quantitative targeted absolute proteomics of human blood-brain barrier transporters and receptors. J Neurochem. 2011;117:333-45.
    DOI:10.1111/j.1471-4159.2011.07208.x

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