CRISPR-Cas9をはじめとしたゲノム編集技術は、対象遺伝子やほかの遺伝要素を染色体上の特定部位に挿入することができ、細胞工学においても非常に有益です。遺伝的に修正された細胞は系譜追跡や分析(genetic lineage tracing)と同様に創薬研究や遺伝子機能研究においても有用です。これらのアプリケーションは内在性遺伝子やほかの制御要素にかきみだされることなく、導入遺伝子の機能が想定どおりであることや、その信頼性に左右されます。一方で、導入遺伝子の無作為な組込みは予期しない挿入や変異を誘発する恐れがあります。
近年開発された新しいアプローチに、予め決定しているゲノム内の安全な部位に導入遺伝子を送達するという手法があります。マウスゲノムのROSA26と同様にヒト染色体第19位のAAVS1(PPP1R2C座位としても知られる)は、既知機能をもつDNA断片を宿す上で非常によく検証された「セーフ・ハーバー(安全地帯)」座位です。この領域はopen chromatin structureを取り、転写競合性です。また、希望するDNA断片を挿入しても細胞に悪影響を及ぼすことがこれまで報告されていない、という点は特記すべきでことです。
部位特異的CRISPR-Cas9システムはゲノム上のセーフ・ハーバー座位にDNA二本鎖切断(DSBs)を導入することができ、天然のDNA修復機構を刺激します。関連するORFノックインクローンが存在する場合、相同性組換え(HR, HDR)が生じORFノックインクローンよりDNA断片がセーフ・ハーバー座位へ組込まれます。