落谷孝広 先生
はじめに
世界に類を見ないスピードで我が国は高齢化社会へと突き進んでいる。これに加えて、いま 2人に 1人が「がん」に罹患する時代だ。こうした状況のもとで、増え続ける莫大な医療費は 2025年には 56兆円を超えるとの予想がなされて以来、これに対応するための様々な取り組みが国家レベルで行われている。しかし人間の寿命が 100歳をも目指す時代もそう遠い未来でもなくなる現在、健康寿命を延ばすスマートライフケアの需要は益々増えることになる。「未病」という言葉が流行しているものの、健康なのか、病の一歩手前の未病なのかを正確に判定する指標がない現状では、未病社会の実現を掲げたとしても、それは砂上の楼閣たるにすぎないのである。本稿では、未病を科学する上でかかせないアプローチとなると期待されるエクソソーム(細胞外小胞)の可能性を考えるとともに、エクソソーム技術が構築する新しい創薬についても概説する。
エクソソームの基礎
エクソソームとは、あらゆる細胞から分泌される直径 100 nm 前後の小胞体であり、脂質二重膜で囲まれたその内部には、mRNA、 microRNA、 タンパク質等の多くの情報伝達物質が内包されている(総説(1)など)。この小胞は、エンドゾームをオリジンとする機構で細胞外に放出されるが、これよりも少し大型の小胞であり、細胞膜がちぎれる形で放出された場合、マイクロベシクルというまた別の名称が付与されている。エクソソームは、直接細胞膜から形成されるのではなく、細胞内で形成されてから細胞外に分泌される。エクソソームは細胞質から初期エンドソームの内側に出芽するように形成され、その形成には ESCRT (endosomal sorting complex required for transport) やテトラスパニンが関与すると考えられている。エクソソームを多数含むエンドソームは、その形状から Multivesicular body (MVB) と呼ばれる。エクソソームの膜を構成する脂質はセラミドやスフィンゴミエリン、コレステロールなどが多く、脂質ラフトと類似していることから、MVB の脂質ラフトのような領域から形成されると考えられる。実際、セラミドの合成酵素である nSMase2 を過剰発現すると、エクソソームの分泌量が上昇することは既に小坂らが証明済みである(2)。MVB には、リソソームや細胞膜に融合する性質があり、複数の RABタンパク質に制御されている。細胞膜に融合した場合のみエクソソームは細胞外へ分泌される。細胞膜との融合は SNAREタンパク質の作用である。
エクソソームと受容する側の細胞への接着には、テトラスパニンが関わると考えられている。エクソソームの細胞への取り込みの際は、様々なエンドサイトーシス経路を通る可能性が示されている。それらはクラスリン依存的、非依存的な経路、カベオリンを介した取込み、マクロピノサイトーシス、ファゴサイトーシス、脂質ラフトを介した取込み、などである(3)。また、直接細胞膜に結合する形で取り込まれた場合、エクソソームは微小管で核周辺に輸送される(4)。エクソソーム内包物はエンドソームに融合することで放出される(3)が、タンパク質はリソソームに取り込まれ、その膜部分は細胞表面に戻されるという観察もある(4)。
細胞外小胞にはエクソソームの他に、アポトーシス小体、マイクロベシクルが知られている。アポトーシス小体は直径 800〜5000 nm で、細胞がアポトーシスを起こした際に細胞膜から直接形成される。マイクロベシクルは直径 50〜1000 nm で、これも細胞膜から直接形成される。形成過程の違いに加え、これら3種の細胞外小胞の中に含まれる RNA の組成は異なっている。アポトーシス小体は主にribosomal RNA (rRNA) を含む一方、マイクロベシクルはRNAをほとんど含まない。エクソソーム内のRNAの特徴は、低分子RNA が多く、rRNA がほとんど含まれないことである(5)。
現在、3種の細胞外小胞の回収は超遠心法が主流だが、それぞれの細胞外小胞を完全に分離することは不可能である。加えて、分泌する細胞によっても性質が異なるため、エクソソームの明確な定義は現在でも困難である(6)。現状では「エクソソーム」が意味するものは論文間で相違があるので、論文を読む際には論文内の定義や分離方法に注意を払う必要がある。
細胞内の物質が選択的にエクソソームに内包されるかは興味深い問題である。エクソソームに内包される物質の割合は、ある程度細胞内の存在量を反映するようだ。細胞内に過剰発現させた miRNA やタンパク質、mRNA はより多くエクソソームに内包されることは既に多くの論文で示されている。
一方で、選択的に取り込まれるとする報告例もある。例えば、rRNA は細胞内の RNA の大部分を占めるにも関わらず、エクソソーム中にはほとんど rRNA が検出されない。また、乳がん細胞MCF-7において、細胞内で最も量の多い miR-720 のエクソソーム中での割合はわずか 2%で、より細胞内の存在量が少ない miR-451 や miR-107 のほうが高濃度で存在した(7)。しかし、実際にエクソソームに特異的にmiRNAを内包する機構はまだ明らかになっていない。
エクソソームの特定の細胞への運搬機構も、まだ解明されていない疑問の一つである。これまでに、T細胞から抗原提示細胞へ、エクソソームを介してmiRNAが一方向に輸送されるというものがあり、少なくとも特異的な輸送は存在するようである(8)。しかし、どの程度一般的かは定かではなく、また現状では特異性を決定する因子は特定されていない。現在は遺伝子組換えでエクソソーム表面にリガンドを提示し、受容体-リガンド相互作用を利用してエクソソームを特異的に運搬する研究が行われている(9)。もしエクソソームの特異的な輸送機構が解明されれば、エクソソームを応用したドラッグデリバリーシステム (DDS) が可能かもしれない。
エクソソーム研究の歴史を振り返る
エクソソームの発見は意外と古く、30年以上前にさかのぼる。1981年、2つのグループによりほぼ同時に、網状赤血球の研究で発見されたのが最初であるが(10,11)、前立腺液中に含まれる細胞外小胞にプロスタソームという名称がついているのはあまり知られていない。「エクソソーム」という名称は少し遅れて 1987年に命名された(12)。長らくエクソソームは、細胞にとって不要な物質を廃棄するための「ごみ箱」だと考えられてきた。しかし、1996年の、B細胞由来のエクソソーム表面に抗原が提示され、T細胞の活性化に関わるという報告(13)や、2007年のスウェーデンのLötvall博士のグループによる、miRNA がエクソソーム中に存在し、細胞間で受け渡しされるという報告(14)で、細胞間の情報交換にエクソソームが使用される可能性が示され、エクソソームに一気に注目が集まった。表1を参照されたい。2011年に第二回目の国際会議がパリで開催された。このときは第一回のときとは対照的に、用意した会場には収まりきれないほどの研究者が世界中から集結し、その会議に参加した研究者はまさに新しい歴史が始まる瞬間を共有したのであった。翌 2012年には Lötvall 博士らが中心となってエクソソームの国際ソサイエィティーである ISEV (International Society for Extracellular Vesicles: https://www.isev.org/) が発足したのである。我が国でも 2014年に JSEV(日本細胞外小胞研究会)が設立され、多くの若手研究者が集う活気のある会となっている。さらに翌年の 2019年の 4月には ISEV が初めてアジアで開催されることになったが、それが我が国、京都である。ぜひこの機会を生かして、日本の多くの研究者がエクソソームに興味を持っていただきたい。
エクソソームの生物学的意義
エクソソームが内包する情報伝達物質の種類は多彩である。RNA としては、mRNA、 miRNA以外に、snoRNA、 Y RNA、long non-coding RNA など様々な非コードRNA が検出されている。血液などの体液には特に RNase が含まれているため、RNA単体では分解されてしまうが、エクソソームに内包されているRNAは分解から保護されて体液中でも安定である(15)。多くの細胞由来のエクソソームに共通するタンパク質として、アクチンやチューブリン、GAPDH、エンドソームのソーティングタンパク質 (ESCRT 0-III、 Alix、 Syntenin、 Tsg101)、熱ショックタンパク質 (HSP70、HSP90)、膜輸送と融合に関わる RAB や annexin などが含まれている(16, 17)。また、表面には、CD9、CD63、CD81などのテトラスパニンが局在している。これらのタンパク質は、エクソソームのマーカータンパク質として利用されている。がん細胞が分泌するエクソソーム中の DNA は、ほとんどがゲノム由来の二本鎖DNAのようである。検出されたDNAの配列はゲノム全体に散らばっており、特に内包されやすいDNAの配列は発見されていない(18)。
いずれにせよ、こうした小胞体は、細胞間のコミュニケーションツールとして機能しており、特に、がんの微小環境においては、がん細胞が生き延びる手段として、自身の分身であるエクソソームにがん特異的な情報を組み込んだ上で、周囲の様々な細胞に送達し、その情報を伝達する。こうして周囲の細胞を制御することで、がん細胞は微小環境での頂点に君臨することが可能となる。それはまさに、がん細胞がエクソソームを駆使して、自分を攻撃する免疫細胞から逃れる手段としていることからも納得できる。さらに、神経疾患等でもエクソソームの機能に注目が集まっており、アルツハイマー型認知症やパーキンソン病などにおいても、エクソソームがそれらの疾患の起因となったり、病態の維持に関与したりと、多様な働きを持っている。
エクソソーム創薬
細胞外小胞 (EVs) の代表格であるエクソソームの研究は、前述のように主にがんの分野において、疾患のメカニズム解明から診断、治療までの苛烈な競争が世界中で繰り広げられている。その一方で、近年多くの研究から間葉系幹細胞 (Mesenchymal stem cell, MSC) から分泌されるエクソソームが様々な疾患に対する治療効果を持つことが明らかとなり、新たな疾患治療薬としての開発が注目されている(19)。こうしたエクソソーム治療薬の概念が広がるにつれ、世界の市場は大きくエクソソーム創薬に期待しており、エクソソーム関連産業は 2025年には 2億4,000万米ドル、日本円でおよそ 260億円近くになると予想されている。特に再生医療の分野では、間葉系幹細胞や組織ステム細胞、そして免疫担当細胞に由来するエクソソームの治験が 100以上も走っており、セル・フリー・セラピーを掲げる新しい治療が大きく臨床に近づく気配だ。こうした Bonum(善)の性質を示すエクソソームに対して、疾患に起因して放出されるエクソソームの機能はMalum(悪)であり、前述のように、がん細胞は転移や薬剤耐性などの仕組みをこのエクソソームを介して見事に機能させることで、患者の体内で生き延びる手段としている。患者を死に至らしめるがん転移の新たな実態がエクソソームを通して理解されはじめたことで、悪であるがん細胞のエクソソーム分泌や機能を阻止する研究があちこちで芽生えている。この流れを創薬に着実に結びつけることができれば、がんになっても、がんと共存する社会の実現に一歩近づくだろう。
まとめ
「未病」という言葉が流行語のようにあちこちで使われている。これは裏を返せば、現在人が、老化とともにやがては自身の身に降りかかるかもしれない病を恐れてのことであり、2人に1人ががんに罹患する日本人だからこそ切実に感じていることなのだろう。ではこの「未病」という言葉が代表するヒトの健康状態を判定するマーカーは何だろうか?未病とは検査を受けても特別な異常が見つからず、特定の病気と診断されはしないが、健康ともいえない状態。おそらくそのまま放置すると病気になるだろうと予測される状態、だと多くの辞典には記載されている。ということは、高脂血症、糖尿病、高血圧なども「未病」の1つと考えることができるわけだが、となるとやはり重要なのはこうした病の兆候をいち早く見つけ、元の状態に戻す手段を開発することこそ、未病の学問ということになる。我々人間は病気の原因をゲノム、エピゲノムのレベルにまで掘り下げ、その発症のメカニズムを深く解明するに至っている。その中であらゆる病の引き金になるのが、マイクロRNA などのノンコーディングRNA であることもごく最近になって理解されつつある。さらにエクソソームと未病をつなぐリングもおぼろげながら見えてきた。人間の基本である「食」をマイクロRNA のレベルで理解する研究も世界中で行われつつある(総説(20))。今までは、病気になったらそれを治す医療が主流だが、これからは病気にならないための医療、研究にもっと本腰を入れるべき時が来た。人類がその叡智を結集して未病に立ち向かい、健康長寿の真の姿を描くためには何が必要か、エクソソーム研究はその鍵を握る。
1977 | RonquistらによるProstasome の発見 |
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1981 | Trams, Heineらによる細胞外顆粒の報告 |
1983 | Johnstoneらによる網状赤血球における分泌顆粒の機能の解明 |
1987 | Johnstoneらによる“exosome”の名称の提案 |
1989 | Peters & Gueze によりCTL granuleの発見 |
1996 | Raposoらによる抗原提示能を持ったB細胞由来エクソソームの報告 |
1998 | Zitvogelらによる樹状細胞由来エクソソームを用いたがんワクチンの解明 |
2005 | 第一回国際エクソソームミーティング (Workshop on the Biological Signifi cance of Exosomes, カナダのモントリオールにて) |
2007 | LötvallらによるExosome中のmicroRNAの発見 |
2010 | Kosaka, Pegtel, ZhangらによりExosomal miRNAの細胞伝達と機能の証明 |
2011 | 第二回国際エクソソームミーティング (International Workshop on Exosomes, フランスのパリにて) |
2011 | Woodらによるエクソソームを用いたDDSの開発 |
2012 | International Society for Extracellular Vesicles設立 (ISEV2012, 第一回ISEV会議がスウェーデン・ヨーテボリにて開催) |
2014 | JSEV(日本細胞外小胞研究会)発足 |
2019 | アジアで初のISEV開催(京都) |
- N. Kosaka N, H. Iguchi, T. Ochiya. Circulating microRNA in body fluid: a new potential biomarker for cancer diagnosis and prognosis. Cancer Sci. 101(10): 2087-2092 (2010).
- N. Kosaka et al., Neutral sphingomyelinase 2 (nSMase2)-dependent exosomal transfer of angiogenic microRNAs regulate cancer cell metastasis. The Journal of biological chemistry 288, 10849-10859 (2013).
- L. A. Mulcahy, R. C. Pink, D. R. Carter, Routes and mechanisms of extracellular vesicle uptake. Journal of extracellular vesicles 3, (2014).
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商品は「研究用試薬」です。人や動物の医療用・臨床診断用・食品用としては使用しないように、十分ご注意ください。
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