神経科学 
酒に強いハエ

Neuroscience
Last Fly Standing

Editor's Choice

Sci. Signal., 2 June 2009
Vol. 2, Issue 73, p. ec179
[DOI: 10.1126/scisignal.273ec179]

Nancy R. Gough

Science Signaling, AAAS, Washington, DC 20005, USA

要約 : エタノールは広く消費されている酒類で、低用量では活動性を亢進して抑制を低下させ、高濃度では活動性を低下させ鎮静させるような幅広い作用がある。エタノールがこのような行動の変化を引き起こす分子機構、およびエタノール依存症の基礎にある機構については、活発な研究が進められている領域である。Corlらは、エタノール中毒に対してヒトと同様の行動反応を示すショウジョウバエを用いて、エタノールの鎮静作用に抵抗性を示す個体をスクリーニングし、Ste20ファミリーキナーゼのホモログをコードする遺伝子(happyhourhppyと名付けた)を同定した。2種類の異なる変異体が転写産物量の低下を示し、これらの変異遺伝子を保有するハエはエタノール誘導性鎮静に対する抵抗性が亢進しており、この抵抗性はhppyの神経特異的発現によって回復した。多くのSte20ファミリーキナーゼはマイトジェン活性化プロテインキナーゼ(MAPK)カスケードで機能するので、著者らは、MARK経路がエタノールの鎮静作用に対する感受性に関与するのかどうかについて検討した。c-Jun N末端キナーゼ(JNK)の活性を変化させても、またp38 MAPKキナーゼ経路の活性を変化させても、エタノールに対するハエの感受性に影響を及ぼさなかったが、上皮増殖因子受容体(EGFR)経路を介するシグナル伝達(これは細胞外シグナル制御キナーゼ(ERK)経路を介してシグナル伝達する)を増強する操作によって、エタノール誘導性鎮静に対するハエの抵抗性が亢進した。反対に、EGFRのシグナル伝達を遺伝的または薬理的に阻害するような条件にすることで、ハエはエタノールの鎮静作用に対してより高い感受性を示すようになった。hppyがEGFRシグナル伝達の負の調節因子として機能することと一致するように、hppyがハエの眼で過剰に発現される際に、EGFR経路との遺伝的相互作用が示された。すなわち、EGFRシグナル伝達の増強と関連するrough eye(複眼異常)の表現型は抑制され、EGFRシグナル伝達の低下に関連する表現型は亢進された。哺乳類でも同様の機構が働いているのかどうかについて検討するために、マウスとラットをEGFR阻害薬で処理し、その後にエタノールに曝露させた。その結果、EGFRシグナル伝達が阻害されたマウスは、鎮静量のエタノールからの回復が遅れ、またEGFRシグナル伝達が阻害されたラットでは、エタノールの消費量が低下していた。このように、EGFRシグナル伝達はエタノールの嗜好性と、エタノールの消費による行動変化に何らかの役割を果たすようである。エタノールがhppyおよびEGFRシグナル伝達に影響を及ぼす分子機構、またhppyがEGFRシグナル伝達を阻害する機構は依然として不明である(Palfreymanの解説を参照のこと)。

A. B. Corl, K. H. Berger, G. Ophir-Shohat, J. Gesch, J. A. Simms, S. E. Bartlett, U. Heberlein, Happyhour, a Ste20 family kinase, implicates EGFR signaling in ethanol-induced behaviors. Cell 137, 949-960 (2009). [PubMed]

M. T. Palfreyman, With Happyhour, everyone's under the table. Cell 137, 802-804 (2009). [Online Journal]

N. R. Gough, Last Fly Standing. Sci. Signal. 2, ec179 (2009).

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