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技術情報

酪農食品科学特論 - 機能性ミルクタンパク質実験講座 - 改訂版

記事ID : 13115

I.構造編-1.ミルクタンパク質の分離と精製


牛乳からの分離

ラクトフェリンはさまざまな外分泌液や好中球から分離できますが、本章では牛乳を材料とします。牛乳からラクトフェリンを精製するには、おおよそ下記の手順によります(図1-1)。ここで脱脂乳のpHを酸性にしてカゼイン成分を分離する方法が等電点沈殿法です。また、牛乳は出来得る限り新鮮なものを用います。やむを得ず搾乳してから数日以上保管しなければならない場合は、なるべく脱脂乳として低温あるいは冷凍保存します。脱脂には3000 rpm程度の遠心操作で十分ですが、牛乳の温度を32-38℃とすると脂肪の分離効率は良くなります。


図1-1.牛乳からホエー(乳清、wheyまたはmilk serum)とカード(curd、沈殿物の部分)を得るための操作の流れ (冷たい脱脂乳で上記操作を行うと、カードが沈殿せずに浮上するので注意)

イオン交換クロマトグラフィー

ここで得られる上清(酸ホエー)のpHを中性に戻し、陽イオン交換樹脂に吸着するラクトフェリンを分離します。通常は得られるホエーの容量が数リットルになるので、中性pHでイオン強度が比較的小さい緩衝液(吸着用緩衝液あるいは平衡化緩衝液という)で平衡化した陽イオン交換樹脂をホエー中に懸濁させて穏やかに撹拌し、目的成分を樹脂に吸着させます。次いで樹脂を平衡化緩衝液で数回洗浄しますが、この時はガラスフィルターを用います。洗浄した樹脂をクロマトグラフィー用カラムに充填し、溶出用緩衝液の塩濃度を段階的に上昇させることにより、吸着している成分を順次溶出させます(図1-2)。


図1-2.ホエーからのCM-Toyopearlによるラクトペルオキシダーゼ(Fr-1)、ラクトフェリン(Fr-2)の分離1)

肉眼でも薄緑色、次いで薄赤色を帯びた溶液がカラムの中で帯状になって現れ、最後にカラムから溶出するのが観察されます。前者がラクトペルオキシダーゼ(lactoperoxidase)、後者がラクトフェリン(lactoferrin)を含んでいる画分です。しかしそれらの画分の前後にも、着色していない成分が溶出しています。これらは紫外部での吸光度、あるいは他のタンパク質定量法を用いて検出します。一般にはフローセルを用いた吸光度モニターで連続的に測定しますが、フラクションコレクターで各画分を分取した後、個別定量法を用いる場合もあります。

なお、使用前後のイオン交換樹脂の洗浄と平衡化は必須です。用いるイオン交換樹脂にもよりますが、0.1 M NaOH + 1 M NaClの溶液で洗浄し、平衡化には目的pHで高イオン強度の緩衝液を最初に用い、順次イオン強度を最終濃度まで下げるなどの操作を行います。また、pHおよびイオン強度によってタンパク質の荷電状態が変化するため、対象タンパク質の電気的性質および分離規模を考慮し、吸着担体であるイオン交換樹脂をはじめクロマトグラフィーの条件を適切に選択しなければなりません。

その他のクロマトグラフィーによる分離

上記の方法で得られたラクトフェリンを電気泳動法(SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動が一般的)によってその純度を調べると、不要な成分がかなり混入している場合があります。そのため、イオン交換クロマトグラフィーを再び行うか、あるいは分離の原理が異なるクロマトグラフィー、たとえばゲルろ過クロマトグラフィーやアフィニティークロマトグラフィーを行なって、さらに不純物を除きます。精製の段階が進むに従い、目的物の収量が減少するので、それに応じて精製に用いるカラムカイズや検出感度も適合させることが必要です。イオン交換クロマトグラフィーあるいはアフィニティークロマトグラフィーにおいてはpH、塩濃度あるいは他の組成を変化させて吸着成分の溶出を行ないます。この場合、段階的に変化させる段階溶出法 (stepwise elu-tion) の他に、連続的に変化させる濃度勾配溶出法 (gradient elution) も用いられます。どちらの溶出法が適しているかはカラムの規模や目的によって異なります。なお、塩濃度を変える場合には一般にはNaClを用いますが、KClを用いた場合は同じ濃度でも約1.5倍の効果が期待できます。濃度勾配溶出法を行う場合、おおよそカラム容積の10倍程度の溶出量で終了するように条件を設定します。また、溶出物が全く検出されなくなる時点がクロマトグラフィーの終了ではありますが、分取目的の場合は目的物の溶出が終了した時点で切り上げ、再クロマトグラフィーでさらに精製する方が合理的です。

ゲルろ過クロマトグラフィーでVo (void volume) を求める場合、ブルーデキストランを用います。しかし肉眼では識別できませんが、少量の遊離した色素がカラム内に残ります。その後ラクトフェリンをカラムに添加して溶出すると色素がラクトフェリンに結合して一緒に溶出することを経験しました2)

濃縮操作

一般にイオン交換クロマトグラフィーで目的画分を得た後にゲルろ過クロマトグラフィーを行なおうとすると、濃縮操作で試料容積を少なくしなければなりません。希釈するのは容易ですが濃縮操作がかなり困難な仕事であることは、熱力学的な説明を持ち出すまでもありません。限外ろ過(ultrafiltration)による濃縮方法はその一つです。孔径が10-200 nmのフィルターの片側から試料液に圧力をかけて分別するもので、分画する対象物質によって膜孔の径を選択します。一般に分画範囲(分子量)として表示されている数値は、その90%が保持されることを意味しています。膜による分画は目的物質の流体力学的な性質、すなわちストークス半径で決まるので、分子量だけではなくその形状にも依存します。また、限外ろ過装置は数十リットル規模から1 ml程度までのものがあります。試料液に圧力をかけるにはコンプレッサーや窒素ガスボンベ、あるいはペリスタポンプを用いますが、数ml規模の限外ろ過には遠心式のものが便利です。ある程度濃縮された溶液に緩衝液あるいは水を加えて再び濃縮することを繰り返すと、溶媒交換あるいは脱塩操作となります。希薄なタンパク質溶液が大量にある場合、イオン交換樹脂にバッチ法あるいはカラムを用いて吸着させ、目的物の溶出条件よりやや厳しい条件で一度に溶出させた後、脱塩あるいはpH調整を行う方法も手間が少なく有効です。

硫酸アンモニウムを加えることによってタンパク質を沈殿させる方法もありますが、大量の希薄溶液では遠心操作も多くなり、かつ微粒子が沈殿しないで懸濁している程度の場合は回収率も良くありません。数十ml程度の容量の場合は、透析チューブに試料液を入れ、ショ糖などの不活性で溶解性の高い物質で被い、やや圧迫気味にして低温に置いておく方法もあります。この方法で濃縮した試料はそのままゲルろ過クロマトグラフィーカラムでの分離に用いるのに最適です。同様な原理で濃縮する市販品として、試料液中の溶媒を限外ろ過膜を挟んだ吸湿剤に吸収させるものもあります。

その他の操作

タンパク質の精製操作には数日以上を要するため、操作を中断する場合には目的物が安定な形、たとえば沈殿状態などの時に低温あるいは凍結で保存します。いづれにしろクロマトグラフィー操作の中断は避けなければなりません。なお、最終的に得られた目的タンパク質は、適切な緩衝液に溶かして次の操作あるいは測定まで冷蔵または冷凍保存します。タンパク質溶液を透析操作 (dialysis) によって脱塩(desalting) し、凍結乾燥 (freeze-drying、lyophilization)もよく行われます。タンパク質は生もので、腐敗し易くまた混在するタンパク質酵素の作用を受けるため、一般に分離操作は低温で行います。細胞や組織からの分離で、特にタンパク質分解酵素の混在が心配される場合には各種の酵素阻害剤を添加して分離操作を行います。

補足

a)「上清(supernatant)」は「上澄」とも書きます。なお、沈殿はprecipitate。

b) 脱脂乳から酸沈殿でカゼインを分離する時、ホエータンパク質を巻き込んで一緒に沈殿(共沈殿、coprecipitation)することがあるので、加える酸の濃度が部分的に濃い状態にならないように気をつけます。

c) ラクトフェリンはカゼインと結合する3)ので、カゼイン画分を酢酸ナトリウム緩衝液(pH4.0)に分散させ、一夜おだやかに撹拌した上澄みからも分離できます1,4)。そのため、チーズ中のラクトフェリンを定量する時などには、前処理としてカゼイン結合性ラクトフェリンを遊離させることが必要です。

d) 緩衝液によっては室温に放置することによって微生物が発生しやすい場合があります。緩衝液を0.45µm程度のフィルターでろ過することにより保存期間を延ばすことが可能です。脱気と試薬中のゴミを除く効果もあります。

e) 分離用のクロマトグラフィーカラムは適度なサイズのガラス管、シリコンゴム栓、ナイロンメッシュ、ポリエチレンチューブなどで自作が可能です。小さいサイズの場合は、ディスポーザブル注射器やパスツールピペットと脱脂綿で作ります。

f) 血清タンパク質の名称にアルブミン(albumin)やグロブリン(globulin)などとついているのは、水あるいは塩溶液に対する溶解性の違いによって分類された名残です。グロブリンはさらに真性グロブリン(eu-globulin)と擬性グロブリン(pseudo-globulin)に分けられます。

引用文献

1) 島崎ら、酪農科学・食品の研究、37(2)A45-51、37(3) A105-108 (1988)
2) Shimazaki,K. & Nishio,N., J. Dairy Sci., 74, 404-408 (1991), Shimazaki,K., et al., Comp. Biochem. Physiol., 101B(4), 541-545 (1992)
3) Anema,S.G., Int. Dairy J., 99, 104550 (2019)
4) Groves,M.L., J. Am. Chem. Soc., 82, 33-45 (1960)

参考図書

「生化学計算法(第二版)」Segel,I.H.、廣川書店(1980)
「生化学実験講座1タンパク質-I」日本生化学会編、東京化学同人(1976)
「新生化学実験講座1タンパク質-I」日本生化学会編、東京化学同人(1990)
「改訂第4版 タンパク質実験ノート(上・下)」岡田・三木・宮崎(編)、羊土社(2011)
「Current Protocols in Protein Science」 John Wiley & Sons, Inc. (1995-1997)
「新生化学実験のてびき」下西・永井・長谷・本田/編、化学同人(1996)
「分子生物学研究のためのタンパク実験法(実験医学別冊)」竹縄忠臣/編、羊土社(1998)
「基礎生化学実験法・全5巻」日本生化学会編、東京化学同人(2001)

演習問題

問1.等電点沈殿法で脱脂乳からホエーとカゼインを分離する段階で、室温で操作している理由を述べて下さい。一般にタンパク質が安定である低温で行わないのは何故ですか。

問2.タンパク質を硫酸アンモニウムを用いる塩析法や、アルコールやアセトンなどの有機溶媒を用いて沈殿させる方法がありますが、それらはどのような原理によるものですか。

問3.ミルクタンパク質を分離する材料として、特に初乳が適しているのはどのような場合ですか。また、初乳を出発材料とする場合に実験操作上で特に留意することがあれば述べて下さい。

問4.実験に用いる緩衝液は、pH範囲によってその組成を変えなければなりません。酸性域、中性域、塩基性域でそれぞれ用いられる代表的な緩衝液の調製法を述べて下さい。

問5.ガラス電極を用いたpHメーターでは実際には何を測定しているのですか。関連することとして、イオン強度およびイオン活量(活動度)について、求め方や意味を説明して下さい。

問6.凍結乾燥する場合、透析などで試料溶液を脱塩するのは何故ですか。また、透析操作以外の脱塩方法および凍結乾燥の原理と方法を具体的に説明して下さい。

問7.ゲルろ過クロマトグラフィーカラムのVi (inner volume)、Vt (total volume) を決める方法を述べて下さい。また、Vo (void volume) を求める場合に用いられるブルーデキストランのデキストランおよびブルー色素とはそれぞれどんな物質ですか。

問8.イオン交換クロマトグラフィーおよびゲルろ過クロマトグラフィーに用いられる担体の種類、特徴を比較して述べて下さい。

問9.液体クロマトグラフィーに用いられるオンライン検出法として、紫外部の210-230nmあるいは280nmでの吸収を用いる方法がありますが、これらの違いは何ですか。また、その他の検出法を列挙し、それらの測定原理と方法の限界を比較して下さい。

問10.タンパク質の濃度を決定する方法を列挙し、その特徴を比較して下さい。

問11.溶液の濃縮操作が希釈操作よりも困難を伴なうことを、熱力学的な言葉を用いて説明して下さい。

問12.限外ろ過装置では膜への目詰まりを防ぐためにどのような工夫をしていますか。

問13.遠心分離操作の条件では、操作温度の他に回転数(rpm)あるいは重力加速度(g)が大切です。この両者の関係を説明して下さい。

問14.牛乳タンパク質以外の例として、血液および卵からトランスフェリンおよびオボトランスフェリンを分離する操作について、簡潔かつ分かり易く説明して下さい。

 

提供:北海道大学名誉教授 島崎 敬一

(2022年1月 改訂)

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