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技術情報

酪農食品科学特論 - 機能性ミルクタンパク質実験講座 - 改訂版

記事ID : 43785

II.機能編-5.抗菌作用


静菌作用と殺菌作用

抗菌性には静菌(制菌)作用と殺菌作用とがあります。ラクトフェリンが静菌作用を示すことは、このタンパク質が赤色タンパク質と呼ばれていた頃から知られていた作用です1)。一般に細菌はその生育に鉄イオンを必要としますが、アポラクトフェリンが存在するとその周辺から鉄イオンが奪われて菌が生育できなくなると考えられています。ですから、静菌性物質の無い培地に移されると、その細菌は生育することができます。それに対して殺菌作用とは、細胞膜や代謝系にダメージを与えて菌の生育を不能にします。リゾチームによる溶菌作用やラクトペルオキシダーゼの殺菌作用などがそれに当ります。

抗菌活性を示すタンパク質およびペプチドはラクトフェリン以外にも見出されています。ミルクやその他の分泌液ではリゾチーム、ラクトペルオキシダーゼ、免疫グロブリンなどが主なものです。その他に、ある種の細菌が産生するバクテリオシンはよく知られており、またカブトガニ由来の抗菌性タンパク質などもあります。なお、ある物質が抗菌性を示す菌のリストを抗菌スペクトルといいます。

静菌作用(制菌作用)

ラクトフェリンの抗菌作用は病原性大腸菌、クレブシュラ、ウエルシュ菌などいわゆる腸内悪玉菌がもっぱら対象となります。有益と考えられている乳酸桿菌などは比較的鉄要求性が少なく、従って乳児の消化管内においてはラクトフェリンの選択的な抗菌作用が有効に機能していると期待されますし、さらにビフィズス菌に対しては、むしろ生育促進の効果が報告されています(後の章に記述)。Staphylococcus aureusNeisserraceaeMoraxellaHelycobacter pyloriなどでは、ラクトフェリンレセプターあるいはトランスフェリンレセプターを持ち、ラクトフェリンを利用して鉄を取込む可能性も考えられています2)

殺菌作用

ラクトフェリン自体が直接に細胞膜構成成分と相互作用して細菌にダメージを与える殺菌作用も見い出されています。グラム陰性菌の細菌表層に存在する小孔(ポーリン)にラクトフェリンが結合し、それが細菌崩壊の引き金になったり、ラクトフェリンがリポ多糖(LPS)に結合して遊離させ、膜透過性を変化させると考えられています。その他にもラクトフェリンは様々な方式で微生物と対峙していることが分かってきました3)

相乗的な抗菌作用

これまで述べた抗菌メカニズムの他にも、ラクトフェリンの等電点がやや塩基性側にあることから、細菌表面のマイナス電荷を中和して凝集させたり、あるいはリゾチームや分泌型の免疫グロブリンであるsIgAと協同的に作用し、その相乗効果によってより強い静菌作用を示すことも知られています。さらにRNaseとの相乗作用も報告されています4) 。また、ラクトフェリンは抗生物質などに比べると作用機作が異なり、効果も穏やかなために、抗生物質や防黴剤との併用が有効と考えられています。その際、まずラクトフェリンが結合することによって抗生物質の細菌への結合あるいは侵入が容易になると推定されています。さらに、細胞性免疫に関係しているマクロファージや単球などが活性化され、相乗的な効果で細菌感染への防御作用が有効に機能しているとも考えられます。

抗菌性を担う部位

「NローブとCローブのどちらの方が抗菌活性が強いか?」は、非常に興味のある問いです。これに対してははっきりとした結論がまだ出ていません。これは、対象とする菌の種類によって異なる感受性を示すことが大きな理由です。これまでの経験から、E. coliに対してはCローブもある程度抗菌作用を示しますが、ラクトフェリン自体ほどではないようです。また、Prototheca zopfiiの場合は、NローブとCローブのどちらも同じ程度の抗菌活性を示すというデータが得られています5)
抗菌性を担う分子上の部位のアミノ酸配列を決定するには、タンパク質分子の断片を調製し、活性のあるペプチドを同定します。現在は遺伝子操作による組換え体を作製して、活性測定を行う方法が主になっています。本稿で用いた方法は、タンパク質分解酵素でラクトフェリン分子を断片化して、液体クロマトグラフィーによってそれぞれの画分を分離し、活性部位を同定する方法です。アフィニティー操作なども併用して、他の物質との結合部位の同定も行われています。なお、タンパク質分子の活性部位が立体構造に依存する場合には、アミノ酸置換などの工夫が必要となります。

抗菌性ペプチド

ヒトおよびウシラクトフェリンのペプシン消化で得られたN末端に近い塩基性基の多いフラグメントに、ラクトフェリン自体の数十倍の殺菌効果が見出され、ラクトフェリシン(lactoferricin)と名付けられました6)。ウシラクトフェリンから得られたアミノ酸配列はFKCRRWQWRMKKLGAPSITC VRRARA(17-42)で、Cys19 -Cys36のループを作っています。Ala42はペプシン分解の条件によっては外れていることもあります。ヒトではGRRRRSVQWCA(1-11)とVSQPEATKCF QWQRNMRKVRGPPVSCIRDSPIQCI(12 -47)の2つのフラグメントがCys10-Cys46とCys20- Cys37の2ヶ所でジスルフィド結合したものです。ラクトフェリシンはグラム陰性菌の外膜に結合してリポ多糖を遊離させ、さらにラクトフェリンよりもサイズが小さいために容易に外膜とペプチドグリカン層を通り抜け、細胞膜にダメージを与えて細菌を崩壊に導くと考えられています。上記の各ラクトフェリシン内の太字で示したアミノ酸配列がその抗菌活性にとって重要で、ウシの場合は特にTrpとArgがラクトフェリシンの膜結合に関与している必須のアミノ酸残基です。このペプチドの立体構造は図3-3に示してあります。さらに他の抗菌ペプチドとの構造上の比較や活性発現機構の解明、より良い活性ペプチドの検索、臨床への応用などが現在進展中です。
なお、韓国に生息する黒ヤギのミルクから精製したラクトフェリンからも、ラクトフェリシンに相当するペプチドが得られたので、図5-1にそのクロマトグラフィーパターンを示しました。


図5-1.ラクトフェリン(韓国ヤギミルク由来)のペプシン分解物の分離パターン7)
用いたカラムはCAPCELL PAK C18(資生堂)。矢印は抗菌活性を示した画分。右縦軸は0.1%TFA存在下でのアセトニトリルの濃度勾配。挿入グラフは矢印で示した画分の再クロマトグラフィーパターン。カラムはTSK-GEL ODS- 80Ts (東ソー)。

一般的な細菌数測定法

抗菌活性を測定するには、抗菌性物質を含む液体培地あるいは寒天培地で対象とする細菌を生育させ、その生育の度合いを何らかの方法で計測します。その他にも、菌株を含ませた寒天培地の表面に抗菌性物質をしみ込ませたろ紙(直径約8mm)を置いて培養し、阻止円を形成させる方法(ディスク法)もあります。なお、一般に細菌数を計測するには、生菌と死菌を含む総菌数を測定する方法、生菌だけを測定する方法、液体培地に菌が増殖することによって培地の濁度が増加する割合を測定する方法、代謝産物を測定する方法など、さまざまあります。

抗菌活性の測定例

ラクトフェリンの抗菌活性を測定するには上述のようにさまざまな方法がありますが、ここではラクトフェリンを含む液体培地で細菌を生育させ、その生育の度合いを計測した方法の概略を述べます。なおここではE. coli O- 111を対象としました。まず斜面培地(ハートインフュージュン寒天培地)に植え継いだ菌を培養し(working strain)、さらに液体培地(ハートインフュージュンブイヨン培地)で増殖させた後、その一部を再び同組成の液体培地に植えて培養し、これを供試菌液としました。なお、抗菌活性測定には5×105 CFU/ml程度の菌数が望ましいので、系列希釈した菌液をシャーレの中でSPC培地と混釈して培養した後、コロニーを数えておきます(標準寒天平板培養法)。
抗菌活性の測定については、マイクロプレート法を用い、以下のように行いました。試験に用いる菌によって、用いる培地は当然に違ってきますが、ここでは2% ペプトン溶液に菌体を懸濁させました。この菌懸濁液50µlをエチレンオキサイドガスで滅菌した96穴マイクロプレートの各穴に注入し、次いでラクトフェリン溶液を ペプトン溶液で系列希釈(serial dilution)し、ポアサイズ0.2µmのフィルターでろ過した後に50µlずつ加えました。このようにして菌体およびラクトフェリンを含んだペプトン溶液、ペプトン溶液と菌液のみ、およびコントロールとしてペプトン溶液のみのものをそれぞれ調製しました。なお、ペプトン溶液の最終濃度は滅菌水を加えて同一にしました。37℃で5時間の培養の後、マイクロプレートリーダーを用いて600 nmにおける吸光度を測定しました。なお、小試験管で行う場合は、24時間程度培養すると、肉眼によっても濁りの具合で抗菌性の有無を判定することが可能でした。
 このようにしてコントロールと比較して、増殖が完全に阻止されたか、あるいは増殖が明らかに悪くなった最小濃度を求めます。これがMIC値です(図5-2, 3を参照)。あるいは液体培地の濁りの度合いを濁度または透過率で測定したり、あるいは総菌数や生菌数を測定することも必要に応じて行います。

補足

a) 抗菌性(anti-microbial activity)、静菌(制菌)作用(bacteriostatic effect)、殺菌作用(bactericidal effect)

b) MIC (Minimum Inhibitory Concentration)

c) MBC (Minimum Bactericidal Concentration)

d)全菌数の測定法として、菌数計算盤(counting chamber)に菌浮遊液を入れて光学顕微鏡で計数する方法、メンブランフィルターによる計数法、コールターカウンターなどを用いる電気的計数法があります。

e) 総菌数の測定法としてニューマン染色液を用い、顕微鏡で測定する方法があります。もっぱら牛乳・乳製品中の細菌数の測定に用いられ、ブリード(Breed)法ともいわれます8)

f) 生菌数を測定するには生成したコロニーの数(colony forming unit, CFU)を計数します。標準寒天平板培養法やメンブランフィルター法、また平板法が適用できない場合、希釈して液体培地で培養する方法があります(希釈法)。また、染色法ではメチレンブルー染色し(死細胞だけ青色に染まる)、Thomasの計算盤と光学顕微鏡で計数する方法があります。

g) 液体培地を用いて細菌を増殖させると、細菌数に応じて培地が濁ります。そのため、透過光あるいは散乱光による測定で菌数の指標とする方法があります。96穴のマイクロプレート(平底)を用いて試験する場合は、専用の読取り機で透過率を測定します。

h) 菌体に含まれる特定の成分を化学発光によって定量して、菌数を推定する装置がいくつか実用化されています。例えば、菌体のATPをATP-ルシフェラーゼ反応によって測定する装置があります。また、BactoLumix(アトー)では、菌体溶液に触媒溶液と発光試薬を加え、菌体内のメナジオンを測定する方法です。これらの方法では、生菌数を迅速に計測することができますが、発光試薬を加えるため、測定できない試料もあります。また、標準測定法との較正も必要です。

i) 菌数を推定するには、菌体重量や菌体体積を測る直接測定法もあります。

j) ディスク法は、牛乳中の抗生物質の検出に用いられています。

引用文献

1) Reiter,B and Oram,J.D., Nature, 216 (Oct 28), 328-330 (1967)
2) Ekins,A., et al., BioMetals, 17(3), 235-243 (2004)
3) 金・島崎「ラクトフェリンと微生物の攻防−その多様性」ラクトフェリン2007、pp.9-17、日本医学館 (2007)
4) Murata,M. et al., J. Dairy Sci., 96(8) 4891-4898 (2013)
5) Tanaka,T. et al., Biochem. Cell Biol., 81(5) 349-354 (2003)
6) Tomita,M. et al., Biochem. Cell Biol., 80(1), 109-112 (2002)
7) Kimura,M. et al., Biochem. Biophys. Res. Commun., 268, 333-336 (2000)
8) 「乳製品試験法・注解(改訂第2版)」、日本薬学会編、pp.200-204、金原出版(1999)
9) W.-S.Kim et al., Korean J. Food Sci. An. 36, 487-493 (2016)

参考図書

堀越監修・井上編「ベーシックマスター微生物学」オーム社 (2006)
島崎、「ラクトフェリンの微生物に対する多様な機能」ミルクサイエンス、55(3)、161-169 (2007)

問題

問1.ミルクに含まれる抗菌性物質にはどのようなものがありますか、またそれらの働き方の差異についても述べて下さい。

問2.牛乳中で働く抗菌であるラクトペルオキシダーゼシステムのメカニズムについて、現在知られていることを説明して下さい。

問3.グラム陽性菌とグラム陰性菌の分類法とそれらの主な違いについて説明して下さい。

問4. 抗菌性に関する言葉であるMBCとはどういう値ですか。また、MICとはどのように違いますか。

問5.細菌には酸素のある状態で生育するものと、酸素がある状態では生育できないものがあります。腸内でみられる細菌(大腸菌、乳酸桿菌、レンサ球菌、ブドウ球菌、ビフィズス菌、ウェルシュ菌、バクテロイデス、ユウバクテリウムなど)を分類して下さい。

問6. 菌体に含まれる特定の成分を定量することにより、菌数を推定する方法があります。その一つに、ATP-ルシフェラーゼ反応によって菌のATPを測定する方法がありますが、どのような方法かを説明して下さい。

問7.バクテリオシンとその抗菌メカニズムについて説明してください。

問8. E. coliP. zopfiiに対するラクトフェリンのMIC値を図5-2から推定して下さい。


図5-2. E. coliおよびP. zopfiiに対するウシラクトフェリンの効果(中村)。
縦軸は生育阻止の割合(%)。

問9. 前述した図5-1で得られた抗菌ペプチドのアミノ酸配列に基づき、6種のペプチドを化学合成してE.coli O111に対する抗菌作用を調べました(図5-3)。その結果からどのようなことが言えますか。


図5-3.E.coli O111に対する各種合成ペプチドの効果7)。培地として1%バクトペプトンを使用。
○はYQWQRRMRKLGAPSIT、
△はWQRRMRKLGAPSIT、
□はYQWQRRMRLGAPSIT、
●はYQWQRRMKLGAPSIT、
WQRRMKLGAPSIT、
YQWQRMRKLGAPSIT。

問10.ラクトフェリンそのものと、ペプシンによる加水分解物(混合物)の抗菌性を比較しました。用いた菌株はP.fluoresens とP.syringae です。菌を含んだ寒天培地に、ラクトフェリン溶液または分解物溶液を染み込ませたろ紙を載せて培養し、阻止円の大きさを観察しました(図5-4)。このデータから推測されることは、どのようなことでしょうか。

図5-4. ディスク法によるラクトフェリンとそのペプシン分解物の抗菌性の比較
図5-4. ディスク法によるラクトフェリンとそのペプシン分解物の抗菌性の比較9)
P.fluoresens DMS5009とP.syringae DMS517を対象とした。
 

(2022年4月 改訂)

提供:北海道大学名誉教授 島崎 敬一

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