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技術情報

酪農食品科学特論 - 機能性ミルクタンパク質実験講座 - 改訂版

記事ID : 13128

I.構造編-2.純度の検定と分子量の推定


タンパク質の等電点

前章で述べたように、ラクトフェリンを分離する第一段階として、陽イオン交換樹脂による分離法を用いました。これはラクトフェリンが電解質としての性質を示し、かつその等電点(pI)が塩基性側にあるためです。他のミルクタンパク質、たとえばカゼインやαラクトアルブミン、βラクトグロブリンなどは等電点が弱酸性側にあるので、一般には陰イオン交換樹脂に吸着させて分離します。なお、タンパク質の等電点はそれらのアミノ酸組成から計算で求めることが出来ますが、実測値とは異なる場合もあります。

電気泳動法による純度の検定

得られた目的タンパク質の純度を求める方法はいくつかあります。一つは目的画分を再度クロマトグラフィーによって分析し、分析した物質全量に対する目的物質の割合を求める方法です。簡便にはクロマトグラフィーパターンで得られる全ピーク面積に対する目的物質のピーク面積の割合から純度を算定します。しかし、これはあくまでもクロマトグラフィー的に求めた純度であり、他の手段による検定も必須です。たとえば前節で触れたように、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動法(SDS、sodium dodecyl sulfate)を用いることが一般に行われています。しかし、これもあくまでも電気泳動的に見て均一かどうかということで、その方法の限界を知ってデータを解釈しなければなりません。解離基を持つアミノ酸残基の置換があるタンパク質、たとえば酵素(アイソザイム)の検出には、変性剤であるSDS を加えた電気泳動法ではなく、変性剤を含まない担体を用いる電気泳動法 (native electrophoresis) あるいは等電点電気泳動法 (isoelectrofocusing)が用いられます。また、これらゲル電気泳動法で検出されたタンパク質バンドの割合を定量化するには、染色バンドを切り取り色素を抽出して比色定量したり、ゲルを光学的にスキャンするデンシトメーターが用いられていましたが、現在はデジタルカメラ(CCDカメラ)でゲルの画像を撮影し、それを専用のソフトウエアで定量化するのが一般的です。

ラクトフェリンの場合、クロマトグラフィー操作によってかなり純度をあげたつもりでも、SDS-電気泳動法で観察すると主成分に比べて移動度の大きなバンドが複数で観察されることがあります。そこで第4章で述べる抗ラクトフェリン抗体を用いた検出法(Western blot)を行うと、やはり抗ラクトフェリン抗体と反応性を示す場合があります。そのようなバンドはラクトフェリンから何らかの原因で生じたフラグメントと考えられています。

タンパク質へのSDS結合量

タンパク質に対するSDSの結合量が異なると電気泳動での移動度が変化します。これは特に酸性アミノ酸残基やリン酸基の多いタンパク質で顕著です。牛乳タンパク質の内カゼインがSDS-電気泳動法で異常な挙動をするために、この方法で分子量を推定する際には注意が必要です1)

電気泳動法でのタンパク質の検出法

ゲル電気泳動後のタンパク質は、拡散しないように酢酸やメタノール溶液で固定化され、タンパク質結合性の色素による染色で可視化します。この際に留意することは、用いる色素さらには同じ色素でも溶媒によってタンパク質結合量が変化し、タンパク質バンドのパターンが異なって観察されることがあるということです(図2-1参照)。色素染色法に比べて格段に感度の良いとされる銀染色法でも、対象タンパク質によってはそれほどでもないことがあり、また逆にタンパク質量が多過ぎると検出バンドが白く抜けてしまいます。電気泳動後のゲルからニトロセルロース膜あるいはPVDF膜にタンパク質を転写し、膜上でタンパク質を検出することも行われます。これら膜に転写したタンパク質バンドを検出するには、やはり各種の色素による染色法が用いられます。しかし、銀染色法は不適なため、金コロイド法が用いられます。簡便で感度も高い方法です。


図2-1.SDS-PAGE(ディスク法)によるウシホエータンパク質の色素染色による検出。
泳動方向は向かって右から左へ。なお、溶媒によってゲルの伸縮があるが、補正していない。
A, アミドブラック10B / 7%酢酸
B, 0.25% クマシーブリリアントブルー(CBB) R250 / メタノール:酢酸:水(5:1:5)
C, 0.25% CBB G250 / メタノール:酢酸:水(5:1:4)
D, 0.04% CBB G250 / 3.5% 過塩素酸
E, 0.08% CBB G250 / 0.4 M 硫酸 / 1.1 M KOH/11.3% トリクロロ酢酸2)
F, PAS染色

タンパク質の定量法

クロマトグラフィーの各段階で得られた画分にタンパク質がどれだけ含まれているかを定量するには、さまざまな方法があります。紫外部280nmでの吸光度から求める方法は簡便かつ試料も回収できるため無駄になりません。しかし、試料が他の紫外線吸収物質を含む場合には問題となります。また、分子吸光係数 (E1%,1cm)が報告されていない場合は濃度を吸光度から求めることはできませんが、この値は一般には10前後です。試料が還元糖やその他の還元物質を含む場合には、Lowry法やBCA法など銅の還元反応が関与する方法は使用できません。色素結合法もやはり妨害物質の存在には留意しなければなりません。これら呈色反応による定量法では標準タンパク質を用いた検量線の作成が必要ですが、もちろん純粋な目的タンパク質を用いて検量線を作成するのが最も望ましいことです。

タンパク質の分子量測定

タンパク質の分子量を正確に測定する方法として、分析用超遠心分離装置を用いた沈降平衡法や光散乱法が用いられていました。粘性係数や拡散係数、沈降係数など、熱力学的にも裏付けされたこれら流体力学的な測定方法は、標準物質との比較で分子量を求める相対法すなわち電気泳動法やゲルろ過クロマトグラフィー法に比べて理論的にもはるかにしっかりした方法です。しかし、装置の価格と操作の簡便さの点では雲泥の差があり、現在は分子量を求める方法としては使われていません。代わって最近は質量分析計(MALDI TOF MS)が使われることが多くなりました(第7章参照)。

補足

a) 電気泳動法は自由界面型(Tiserius型)と担体を用いる2つの方法があります。後者の担体としは、ろ紙、デンプンゲル、寒天ゲル、ポリアクリルアミドゲルなどがあります。現在、タンパク質の分離にもっぱら使われているのはポリアクリルアミドゲルです。濃度を目的に応じて変えたり、あるいは濃度勾配を持つゲルを作ることも容易です。また、筒状のゲル(disc法)や平板状のゲル(slab法)が用途によって使い分けられています。

b) 等電点電気泳動法 (isoelectrofocusingあるいはIsoelectric focusing)は、両性担体を含むゲルで泳動を行い、タンパク質の等電点の違いによって分離する方法です。二次元電気泳動の一次元目に用いられます。また、ブルー色素を加えて泳動するブルーネイティブ電気泳動法(Blue native PAGE)もあり、やはり二次元電気泳動の一次元目に用いられています。

c) 電気泳動で得られたタンパク質バンドの解析に用いるフリーウエアがあります。例えばNIH ImageJなどです。ダウンロードして試してみて下さい。

d) 表計算・グラフ化のソフトウエアとして、MicrosoftOffic Excelが一般的に用いられていますが、その他にLibreOffice Calcなどのフリーウエアもあります。

e) 分子の構造式を描くソフトウエアにはChemDraw (CambridgeSoft Corporation)がよく知られていますが、その他にいくつかのフリーウエアもありますので、検索してみて下さい。

f) PVDFはポリビニリデンジフルオリド(poly¬¬ vinylidenedifluoride、ポリフッ化ビニリデン)の略で膜の材質のことです。製品名は会社により異なります。有機圧電物質としても知られています。

g) 銀染色法では、タンパク質に結合した銀イオンを還元し金属銀として呈色させるため、呈色過剰になった場合は酸化剤で反応を逆方向に進めて発色を戻すことができます。

h) リボソームやrRNAのたとえば18Sなどという名称は、元来が超遠心分析法(沈降速度法)で得られた数値(単位はSvedberg, S)に基づいています。

i) 分析用超遠心分離機 (analytical ultra- centrifuge)、沈降平衡法 (sedimentation equilibrium)、沈降速度法 (sedimentation velocity)、光散乱法(light scattering)、粘性係数 (viscosity coefficient)、拡散係数 (diffusion coefficient)、沈降係数 (sedimen tation coefficient)、熱力学 (thermodyna- mics)、流体力学 (hydrodynamics)。

引用文献

1) 島崎、祐川、日本酪農科学会誌、33(1), A19-25 (1984)、El-Negoumy,A.M., J. Dairy Sci., 63, 825-829 (1980)
2) Blakesley,R.W. & Boezi,J.A., Anal. Biochem., 82, 580-582 (1977)
3) Pierce,A. et al., Eur. J. Biochem., 196, 177-184 (1991)
4) Shimazaki,K. & Sukegawa,K., J. Dairy Sci., 65, 2055-2062 (1982)

参考図書

「改訂第4版 タンパク質実験ノート(下)」岡田・三木・宮崎(編)、羊土社(2011)
「生化学・分子生物学演習」猪飼篤・野島博著、東京化学同人(1995)
「生化学(第五版)」コーン・スタンプ著、東京化学同人(1988)
「生化学計算法(第二版)」I.H.Segel、廣川書店(1980)
「Biochemical Calculations」 I.H.Segel, John Wiley & Sons, Inc. (1968)

演習問題

問1.タンパク質の等電点を推定する方法を挙げ、原理および特徴を比較して下さい。なお、その中の一つである等電点電気泳動法で用いる両性担体とはどんな物質ですか。また何故pH勾配が形成されるのですか。

問2.計算で求めた等電点と実測値が異なった場合、どのような理由が考えられますか。

問3.SDS-電気泳動法によって分子量を簡便に推定していますが、なぜそのようなことが可能となるのですか。

問4.SDSのフルネームとその構造式を書いて下さい。構造式は化学式記述用のフリーウエア(補足-dを参照)を用いて描いて下さい。

問5.タンパク質の濃度を紫外部の280 nmでの吸光度から求めることができます。それに寄与するアミノ酸側鎖の構造式を描いて下さい。

問6.アミノ酸・Tyrのフェノール基の解離曲線を求めて下さい。pHを横軸に、Tyrの水酸基の解離度を縦軸にプロットし、その時フェノール性-OH基の酸解離定数(pKa)を10.4として計算して下さい。なお、計算とグラフ化には表計算ソフトを用いて下さい。また、解離前後でチロシンの吸収スペクトルはどのように変化するかも説明して下さい。

問7.図2-2にヒトラクトフェリンの滴定曲線(pHに対する解離度のプロット)を示しました。ウシラクトフェリンの滴定曲線を描き、さらに等電点(見かけの解離度がゼロとなるpHの値)を求めて下さい。なお、アミノ酸残基側鎖の解離定数pKa値は表2-1の値あるいは他の成書を参照し、計算に用いるウシラクトフェリンのアミノ酸残基数は次に示す値3)を用いて下さい。A(67), C(34), H(10), M(4), T(36), R(36), I(16), F(27), W(13), N(28), E(39), L(66), P(31), Y(21), D(37), G(49), K(54), S(46), V(46), Q(29)
なお、タンパク質のアミノ酸配列を入力すると等電点の値を返したり、その際に図2-2と同様の滴定曲線を表示するサイトもあります。 

表2-1. アミノ酸の解離定数pKa(25℃)
アミノ酸 解離基 pKa
Asp α-COOH 3.4 - 3.8
  β-COOH 3.9 - 4.0
Glu γ-COOH 4.4 - 4.5
His イミダゾール基 6.3 - 6.6
Lys α-NH3+ 7.4 - 7.5
  ε-NH3+ 10.0 - 10.4
Cys -SH (7.5 - 9.5)
Tyr -OH 9.6 - 10.0
Arg グアニジル基 > 12.5

「改訂蛋白質機能の分子論」濱口浩三著、学会出版センター(1990)


図2-2.ヒトラクトフェリンの理論滴定曲線。全ての解離基は理想的な解離を行うと仮定しました。

問8.膜に転写してタンパク質バンドを検出するメリットを述べて下さい。

問9.タンパク質濃度を求める方法の一つに、元素分析を行う方法があります。たとえば窒素の定量値から換算する方法はケールダール法として知られています。ラクトフェリンの場合に窒素量からタンパク質量に換算するための係数を求めてください。なお、一般の食品タンパク質の窒素係数は6.25、乳製品は6.38です。

問10.Toyopearl gel TSK HW55F(東ソー)によるゲルろ過クロマトグラフィーの結果を表2-2に示しました。これらの物質の分子量とVe/Voとの関係を図示してください。(溶出には0.3 M NaClを含む0.025 M Tris-HCl緩衝液 (pH 7.5)を使用。第1章の問7も参照のこと)

表2-2. ゲルろ過クロマトグラフィーによる各種タンパク質のVe/Voと分子量の値4)
タンパク質 分子量 Ve/Vo
フェリチン 475,000 1.333
カタラーゼ 240,000 1.401
IgG1 162,000 1.419
アルドラーゼ 160,000 1.422
IgG2 152,000 1.407
ラクトフェリン 93,000 1.500
ラクトペルオキシダーゼ 84,000 1.479
ウシ血清アルブニン 66,300 1.457
オボアルムミン 45,000 1.530
βラクトグロブリン 36,000 1.538
ヘモグロビン 32,000 1.527
キモトリプシンA 25,000 1.674
αラクトアルブミン 14,200 1.660
シトクロームC 12,400 1.695
ラフィノース 504.4 1.945
ラクトース 342.0 1.995
グルコース 180.2 2.121
オロチン酸(オロット酸) 156.1 2.218
尿酸 168.1 2.377
クレアチニン 113.1 2.222
 

提供:北海道大学名誉教授 島崎 敬一

(2022年1月 改訂)

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