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技術情報

酪農食品科学特論 - 機能性ミルクタンパク質実験講座 - 改訂版

記事ID : 13138

I.構造編-5.抗体結合部位を持つフラグメントの調製


抗体結合部位の決定のために

モノクローナル抗体が抗原分子のどの部分を認識するか、すなわち抗体結合部位(epitopeまたはepitopic site) を知ることは、モノクローナル抗体の特異的な反応特性を明らかにすることであり、データの解釈だけでなく、その抗体を利用する際に大きな助けとなります。そこで、前章で調製した抗ラクトフェリンモノクローナル抗体が認識するラクトフェリン分子内の部位を決定することにしました。まずラクトフェリンをいくつかのフラグメント(断片、fragment)に分解し、抗体に対する反応性をそれぞれについて調べました。反応性を示すフラグメントはさらに小さなペプチドに分解し、反応性を保持した最小単位のペプチドを得ました。このように十分に小さなペプチドが抗原性を示す場合は、そのアミノ酸配列が抗原としての要因であることは明らかです。一方、このような方法では抗原性が消失してしまう場合があり、そのような場合の抗体結合部位、すなわち抗原決定基は立体構造依存性である可能性が大きいといえます。

酵素によるタンパク質のフラグメント化

ラクトフェリンは、鉄イオンを飽和している場合(ホロラクトフェリン)と、結合していない場合(アポラクトフェリン)とで、タンパク質分解酵素(プロテアーゼ)に対する感受性が異なり、ホロ型の方が分解に対して抵抗性を示します。さらに、未変性(native)な状態と変性 (denatured)した状態とでは、分解の様相が大きく異なります。このような性質を利用して分解反応を段階的に行いました。具体的には、まずホロラクトフェリンにトリプシンを作用させてNローブとCローブに大きく分ける限定分解(mild digestion)を行ない1)次章で述べるオクタデシル(octadecyl)カラムを用いた逆相クロマトグラフィーで主要な成分を分離しました。より多くの試料を得るため、あるいは有機溶媒による変性を避けるためには、陽イオン交換クロマトグラフィーによる分離も可能です。各フラグメントについて、ジチオスライトール(DTT)または2-メルカプトエタノールを用いてジスルフィド結合を開裂させ、4-ビニルピリジン(4-vinylpyridine)を反応させてピリジルエチル化(pyridylethyla¬tion)しました。その後、これらのフラグメントを8M尿素溶液に溶解して変性させた後、尿素濃度を2Mとなるように希釈して再びトリプシンを作用させました。なお、分解に用いるトリプシンの量は基質の1/50〜1/100が一般的です。微量の酵素で行う場合には、反応時間をより長くします。このようなタンパク質分解酵素や後述する糖関連酵素は、低濃度の変性剤存在下でも活性を示すことが多いようです。また、反応終了後に加えた酵素類を分離する必要がある場合は、加熱変性させたり、適切な濃度の除タンパク剤を加えるなどして除去します。あるいは固定化酵素を用いる方法もあります。

タンパク質の化学的開裂法

酵素による以外に、化学的な方法でタンパク質のペプチド結合を開裂させる方法もあります。最も一般的に行われるのは臭化シアン(CNBr)を用いる方法です。この反応ではMet残基のカルボキシル側のペプチド結合が切断されます。その他、N-ブロモサクシンイミド(N-bromosuccinimide, NBS)による反応でTrp残基のカルボキシル側が切断されますが、Tyr残基とHis残基も同時に切断されることがあります。50% 酢酸中におけるBNPS-スカトールによる反応やジメチルスルホキシド(DMSO)- HCl-HBrによる反応でもTrp残基がほぼ特異的に切断されます。ヒドロキシルアミンによる反応ではAsn-Gly結合が切断され、7 M塩酸グアニジンを含む10%酢酸 (pH 2.5)ではAsp-Pro結合が切断されます。このような化学的な切断法では、反応条件をきびしく選択して副反応を避けることが必要です。

生成したフラグメントのパターン

図5-1にはラクトフェリンの限定分解物の分離パターンと、この抗体と反応するCローブ画分を示してあります。Cローブに対して上述の方法でさらに小さいペプチドを生成させました。逆相クロマトグラフィーによってこの反応生成物に含まれるペプチドパターンを調べ、さらにモノクローナル抗体と反応する画分を得ました。このような逆相クロマトグラフィー操作によって分離された各画分中に含まれる成分がモノクローナル抗体と反応するかどうかを調べるために、まず画分中に含まれる有機溶媒と酸を遠心減圧濃縮機によって除きました。さらに必要なら塩基性物質で中和してpHを中性にします。次いでELISA法あるいはニトロセルロース膜を用いたドットブロット(dot- blot)法を用いて検定を行ない、反応性を示す目的の画分を得ました。


図5-1.ウシラクトフェリン(ホロタイプ)のトリプシン分解物の分離パターン2) 。矢印は342残基目から始まるCローブ。縦軸は吸光度(230 nm)、横軸は溶出時間(分)。用いたカラムはCAPCELL PAK C18カラム(資生堂)。

反応生成物中のペプチドパターンを調べる目的には、逆相クロマトグラフィーの他に各種のゲル電気泳動やキャピラリー電気泳動も用いられます。なお、液体クロマトグラフィーによる分離システムについては次章を参照して下さい。

ゲル内あるいは膜上での酵素処理

これまで述べたフラグメントを得る方法は、純粋なタンパク質溶液を出発点としたものでした。複数のタンパク質を含む材料から出発して、目的タンパク質のフラグメントを得る方法には、まずポリアクリルアミドゲル電気泳動を行ったゲルから目的タンパク質を抽出し、プロテアーゼを作用させて得られた反応物から逆相クロマトグラフィーで各成分を分画する方法があります。あるいは電気泳動後のゲル中に存在する目的タンパク質に対してプロテアーゼを反応させてフラグメントを得る方法(in gel digestion法)も用いられます。ゲルからニトロセルロース膜やPVDF膜に転写した上での操作については、微量でも定量的に目的タンパク質を還元アルキル化し、かつ損失なしに酵素消化が可能だといわれています。この方法は第9章で述べるアミノ酸配列を決める場合に特に有効です。PVDF膜に固定化されたタンパク質をプロテアーゼで断片化する場合は、回収できなかったフラグメントを膜上で再び断片化の処理を行い、さらに短鎖のペプチドとして回収できます。なお、関連した事項は第8章にも述べています。

補足

a) プロテアーゼで生成されるフラグメントのリストを作ることの出来るサイトがあります。

b) タンパク質が変性することをdenaturationあるいはunfoldingといい、変性状態から未変性の状態に戻ることをrenaturationまたはrefoldingといいます。

c) ペプチドマップ(またはペプチドフィンガープリント)とは、タンパク質を切断して生じたペプチドを、クロマトグラフィー、電気泳動、質量分析などで分析し、得られるパターンをいいます。タンパク質やペプチドを構成しているアミノ酸配列の類似性を比較・推定するのに用いられましたが、本項のように抗体結合部位の他に活性部位の同定、未知のタンパク質の構造決定(第8章参照)、変異体の同定などにも用いられます。

d) 電気泳動後、膜に転写したタンパク質をタンパク質分解酵素でフラグメント化する場合、膜に酵素が吸着しないようにポリビニルピロリドン (PVP-40)による処理を行うことが推奨されています3)

e) 還元アルキル化を行う場合は、泡立たないように反応溶液を窒素などの不活性気体でバブリングして酸素と置換します。

f) 分離・精製したタンパク質やペプチドについてその活性などを測定する場合には、濃度を決めることが重要な因子となります。しかし、試料量が少ない場合には、非常な困難を伴います。

引用文献

1) Shimazaki,K., et al., J. Dariy Sci., 76, 946-955 (1993)
2) Shimazaki,K., et al., Advances in Lactoferrin Research, 41-48, edited by Spik,G., et al., Plenum Press (1998)
3) 「新生化学実験講座1タンパク質-II一次構造」日本生化学会編、東京化学同人、p.141 (1990)

参考図書

浜口浩三「改訂・蛋白質機能の分子論」学会出版センター(1990)
「生化学実験講座5酵素研究法 下」日本生化学会編、東京化学同人pp.407-409、(1975)
「新生化学実験講座1タンパク質-II 一次構造」日本生化学会編、東京化学同人、pp.75-112(1990)
「生物化学実験法12 蛋白質の化学修飾〈上〉」学会出版センター(1981)
「生物化学実験法13 蛋白質の化学修飾〈下〉」学会出版センター(1981)
「改訂第4版 タンパク質実験ノート(下)」岡田・三木・宮崎(編)、羊土社(2011)
「基礎生化学実験法・第3巻タンパク質II 機能・動態解析法」日本生化学会編、東京化学同人(2001)
Means,G.E. & Feeney,R.E.,「Chemical Modification of Proteins」Holden-Day, Inc., (1971)

演習問題

問1.タンパク質の分解に用いるトリプシンはTPCK処理したものを用いることが推奨されます。これは何故ですか。また、TPCKのフルネームと構造も調べてください。

問2.本項で述べた目的、すなわち特異的に切断されたフラグメントを得るために用いられる主要なプロテアーゼを列挙し、それらの反応特異性を調べて下さい。

問3.幾つかあるプロテアーゼの内から一つを選び、それがラクトフェリン分子鎖の全ての特異的なペプチド結合を切断するとして、得られる最も長いペプチド鎖と最も短いペプチド鎖を示して下さい。なお、ラクトフェリンなど目的とするタンパク質のアミノ酸配列を探しだす方法は第11章に述べています。

問4.本文で述べたように、化学的方法でペプチド結合を切断し、フラグメントを得る代表的な方法にCNBrによる方法があります。この反応式はどのようになりますか。ペプチド開裂の反応を、化学式などを用いて説明して下さい。また、その方法をラクトフェリンに応用した場合、どのようなフラグメントが得られますか。

問5.タンパク質分解酵素を担体に固定化し、対象タンパク質を分解する方法があります。この方法の長所と短所があれば述べて下さい。

問6.ジスルフィド結合はタンパク質内でどのような役割を果たしていますか。

問7.ジスルフィド結合をピリジルエチル化することは、他の修飾方法たとえばモノヨード酢酸 (ICH2COOH) やモノヨードアセトアミド (ICH2CONH2) による反応と比べると、どのようなメリットがありますか。また、このような反応を行うときには窒素やアルゴン気流下で行いますが、それは何故ですか。

問8. 不活性気体、たとえば窒素ガスに含まれる酸素などの不純物を除く方法について述べて下さい。

問9. タンパク質の変性剤にはどのようなものがありますか。変性させるメカニズムの異なる物質、あるいは化学的に異なる物質を3種類以上あげて下さい。

問10. 第2章で様々な形態の電気泳動法があることを述べましたが、キャピラリー電気泳動というのはどのような方法で、また、どのような物質の分析に主に用いられていますか。

問11. 逆相クロマトグラフィーに用いる充填剤は、ペプチド溶液などの脱塩にも用いることができます。具体的な操作方法について説明して下さい。

 

提供:北海道大学名誉教授 島崎 敬一

(2022年1月 改訂)

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