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忘れても失わず
Forgotten but not lost
Sci. Signal. 06 Sep 2016:
Vol. 9, Issue 444, pp. ec202
DOI: 10.1126/scisignal.aai9303
Leslie K. Ferrarelli
Science Signaling, AAAS, Washington, DC 20005, USAA. Travaglia, R. Bisaz, E. S. Sweet, R. D. Blitzer, C. M. Alberini, Infantile amnesia reflects a developmental critical period for hippocampal learning. Nat. Neurosci. 19, 1225-1233 (2016). [PubMed]
A. Rudenko, L.-H. Tsai, The hippocampus grows up. Nat. Neurosci. 19, 1190-1191 (2016). [PubMed]
要約
「未就学」の乳幼児期(4歳以下)は、経験が刺激となり急速な学習が行われる重要な期間である。しかし人間はこの時期の物事を思い出すことができず、この現象は幼児期健忘と呼ばれている。ではなぜ早期の経験が成人後の行動に影響するのだろうか?また、4歳以降の永続的な記憶の形成を可能にしているもの何だろうか?Travagliaらは、やはり幼児期健忘を示すラットを用い、グルタミン酸受容体のサブユニットスイッチが海馬における記憶想起の成熟を促進していること、さらに乳児期の記憶は実際には失われるのではなく潜伏しており、文脈的な手がかりにより想起し得ることを明らかにした(Rudenko and Tsaiの論文も参照のこと)。ラットにおいて、生後17日(P17)前後の連合学習のトレーニングを通じて形成された記憶はその後速やかに減衰したが、P24で形成された記憶は持続した。P17のラットにおけるフットショックトレーニングの文脈記憶(ここではショックと暗室に入れることを関連付けた)は、24時間以内に消失した。しかし数週間後にこれらのラットを用い、コンテクストと想起のフットショックを短時間に連続して行ったとき、以降のテストで暗室に入るまでの時間が延長したことから示されたように、記憶の回復が認められた。GABAAアゴニストであるムシモールを注射して背側海馬の神経活動を薬理学的に遮断したとき、ショックを与えてトレーニングしたラットによるこの記憶の回復が阻止された。トレーニングなしのラットまたは高齢でトレーニングされたラットの海馬と比較したとき、P17の時点でショックしてトレーニングしたラットの海馬では、ニューロトロフィン受容体チロシンキナーゼTrkBのリン酸化(活性化)が亢進し、NMDA型グルタミン酸受容体の組成比がGluN2Bサブユニットから主にGluN2Aサブユニットに切り替わっていた。続いて行ったin vivoの分子的および薬理学的実験から、神経栄養因子BDNFおよび代謝型グルタミン酸受容体mGluR5が、トレーニングにより誘導されるリン酸化TrkBの増加またはGluN2B:GluN2A比の切り替え、さらには将来の記憶回復に重要であることが示唆された。幼児期(P17)の潜伏性の連想記憶の形成および保存はGluN2Bを必要とし、一方でP24における永続的な連想記憶の形成にはGluN2Aを必要とした。BDNFまたは代謝型グルタミン酸受容体アゴニストDHPGを、トレーニング後のP17ラットの背側海馬に注入したとき、永続的な記憶が誘導され、幼児期健忘期を効果的に終わらせることができた。この所見は、海馬における記憶処理の成熟の根底にある分子機構、さらに、忘れたようにみえる幼児期の経験がなぜ後の人生の行動に寄与できるのかを示している。