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酪農食品科学特論 - 機能性ミルクタンパク質実験講座 - 改訂版

記事ID : 13141

I.構造編-8.質量測定によるフラグメントの同定


質量測定の応用分野

合成したペプチドやヌクレオチドの質量を測定して目的物を確認したり、あるいは精製した試料をSDS-PAGEや分析レベルのクロマトグラフィーと同様に、目的成分以外のものの混在の有無をみること、すなわち純度を検定することは、最もシンプルなMALDI-TOF MSの利用法です。その他に以降に述べるようなさまざまな応用例が報告されており、プロテオーム解析・プロテオミクス解析などの主力となっています。新規の応用例は今後も増えてゆくと期待されます。

 

 

アフィニティー質量分析法

混合物中に含まれる特定の物質を対象としてその質量を測定する方法も開発されています。SELDI-affinity mass spectrometryといわれる方法で、目的物質と特異的あるいは群特異的(group specific)に相互作用する物質をサンプルプレートに担体として固定化したものを用います。混合物中の特定の目的物質だけがこのサンプルプレート上に捕捉され、それにパルスレーザー光を当ててイオン化して質量分析を行います。たとえばラクトフェリンおよびその半分子であるNローブの測定にはn-ブチル基が用いられています。この方法を、経口摂取されたラクトフェリンが消化管内でどのように分解され、さらに吸収され消失するかを追跡するのに用いてみました。


図8-1.ラクトフェリンを経口投与したラットの胃内容物のSELDI-TOF MSパターン1)。N末端を有するフラグメントだけがアフィニティー担体によって補足され、それらの質量スペクトルが得られました。

図8-1には未分解のラクトフェリンのピークの他に、分解産物中の特定のフラグメントのピークが観察されています。このフラグメントは、ブチル基やCM基と親和性を示すNローブの特定の部位を有するペプチドです。各ローブに対するモノクローナル抗体を用いたウエスタンブロット法など、免疫化学的方法も同じ試料について、併用したところ、CローブよりもNローブの方が消化・吸収されやすい傾向が観察されました。

その他にもこのアフィニティー質量分析法は、疾病マーカーの探索やモニタリングなど、特定のタンパク質の発現解析およびイムノアッセイやリガンドアッセイその他の相互作用解析に有効であると期待されています。

 

 

タンパク質の同定

MALDI-TOF MSによって質量を精度良く測定できることは、質量分析の応用範囲の拡大をもたらしました。その一つがタンパク質の同定です。ペプチドマスフィンガープリント法(PMF法)と呼ばれる方法は以下のように行います。まず、精製した目的タンパク質を第5章でも触れたプロテアーゼ消化の操作を行います。次いで、この分解混合物の質量スペクトルを測定して、生成したフラグメントの各質量を決定します。最後にこれらの質量値を既知タンパク質での値と突き合わせます。アミノ酸配列が既知のタンパク質については、各種のプロテアーゼを用いた場合に生成するフラグメントとそれらの質量を計算することは容易なことです。現在、膨大な数のタンパク質についてオンラインで利用できるデータベース(ペプチドマスデータベース)があり、対象タンパク質と一致するフラグメント分布、すなわち同じペプチドマップを表すものがあるかどうかを調べることができます。測定した質量の値が不正確であったり、検索範囲や検索条件が不適であった場合には、信憑性の高い結果は得られませんので注意が必要です。また十分に信頼の置けるデータを適切な検索条件で検索しても該当するタンパク質が無い場合には、まだデータベースに登録されていない新規のタンパク質である可能性があります。

 

 

プロテオーム解析への応用

ゲノム解析に対して、タンパク質レベルでの解析をプロテオーム解析(Proteomics)といっています(第12章にも記述)。タンパク質を同定することがその最初の段階です。この時、試料は電気泳動あるいは各種クロマトグラフィーによって精製します。二次元電気泳動法も一般的です。二次元電気泳動とは、異なる条件での電気的分離法の2種類を組合せて分離する方法で、一次元目に等電点電気泳動法を、二次元目にSDS-電気泳動法を用いる方法が一般的です。タンパク質はバンド(帯)ではなくスポット(点)として分離され、色素染色法や銀染色法で可視化します。その他に膜に転写して検出する場合もあります。


図8-2.プロテオーム解析に用いられるPMF法のフローチャート。2種類のクロマトグラフィーを行う2次元クロマトグラフィーと電気泳動法の組合わせを3次元分離ということもあります

タンパク質の解析を行う場合、図8-2に示したように、アプローチの仕方は一通りではなく、試料の量や性質によって選択します。たとえば試料量が多く、かつ対象タンパク質の分子量が大きい(200 kDa以上)あるいは小さい(10 kDa以下)場合、または塩基性タンパク質や疎水性タンパク質の場合は、イオン交換クロマトグラフィーをまず行い、さらに逆相クロマトグラフィーで目的画分を分取した後、SDS-電気泳動で目的のタンパク質バンドを切り取ってペプチドマスフィンガープリント(PMF)法を行う方法が現実的です。最終的にポリアクリルアミドゲル電気泳動で分離したタンパク質やペプチドの場合は、そのバンドを切り出し、ゲル内でプロテアーゼによって分解してペプチド断片を得(in-gel digestion法、第5章を参照)、このペプチド集団に対してTOF- MSによる解析を行います。

 

 

PSD法によるアミノ酸配列の決定

アミノ酸配列を決定する方法として、次章で述べるN末端アミノ酸を化学的に逐次分解して決定する方法と、前章で触れたMALDI-TOF MSによるPost-Source Decay MS/MS測定法(PSD解析法)とがあります。これはイオン化して加速され飛行中の分子イオンに崩壊を起こさせ(メタステイブル分解)、生じた分子断片(フラグメント)を精度良く分離して検出します。しかし、質量が全く同じであるLeuとIleは判別できません。これらを識別するには、分子イオンを不活性ガスに衝突させてさらに小さなフラグメントを生成して検出するCollision Induced Dissociation(CID)法を用います。リン酸化など翻訳後修飾されたタンパク質もこの方法で解析することができます。なお、この方法ではペプチドのアミノ酸配列情報を得ることが出来るだけでなく、オリゴヌクレオチドやオリゴ糖の配列情報の解析にも応用できます。しかし、この方法で正しい結論を得るにはかなり経験が必要だといわれます。

エドマン法(第9章参照)を応用したり、あるいはN末端あるいはC末端から切断する酵素を用いてアミノ酸配列を行う方法(ラダーシーケンス法)もあります。前者の方法は、ファニルイソチオシアネート(PITC)に数%のフェニールイソシアネート(PTC)を加えてN末端の切れ方の異なる混合物を生成させます。また後者の方法では、たとえばカルボキシペプチドダーゼを僅かに異なる条件で反応させてアミノ酸残基の切れ方が異なるペプチドを作成します。こうして作成した試料中のペプチドの質量の差を比較することによって、N末端アミノ酸配列あるいはC末端アミノ酸配列を決めることができます。

これらアミノ酸配列の決定については、PSD法およびCID法の併用、さらには酵素を用いる方法や次章で解説するエドマン法と照らし合わせて結果を検討することが必要です。

補足

a) SELDIはsurface-enhanced laser desorption/ionizationの略です。なおSELDI- affinity MSはCIPHERGEN社からプロテインチップ® システムとして販売され、その後はBio-Rad Laboratories社が引継ぎましたが現在は販売終了となっています。

b) SELDI-affinity MS用のプロテインチップとして、逆相、順相、陽イオン交換、陰イオン交換、金属イオンなどの化学的なもの、および抗原-抗体反応、レセプター-リガンド結合、DNA-タンパク質相互作用などのアフィニティーを利用するものなどがありました。アフィニティーを利用した相互作用の解析法については機能編を参照して下さい。

c) タンパク質のプロテアーゼ消化物の質量スペクトルデータからタンパク質を同定するためのデータベースは、付録のソフトウエアとウエッブサイト一覧を参照して下さい。

d) CID(Collision Induced Dissociation)法は高エネルギー衝突活性化開裂法とも呼ばれます。

e) ペプチドマッピングに用いるプロテアーゼの選択基準としては、特異性が高くかつ1000〜3000 Daの分子量のペプチドが得られること、さらに、正電荷が各ペプチドに均等に分布していることが望ましいと考えられています。

f) 電気泳動後のゲル上の目的バンドあるいはスポットに含まれるタンパク質をプロテアーゼ消化するには、まずそのバンドあるいはスポットを切り取り、アセトニトリルで脱水した後、減圧乾燥します。乾燥したゲル片に修飾試薬溶液あるいはプロテアーゼ溶液を加えると、膨潤してゲルに吸い込まれ反応します。なお、還元アルキル化するにはモノヨードアセトアミドによるカルバモイル化が推奨されています。

g) 各種の電気泳動によって単離したタンパク質をPVDF膜に転写した後にプロテアーゼ消化する場合(on membrane digestion法)、80%アセトニトリル存在下で消化を行うと、クリアなマススペクトルが得られることがごく最近報告されました2)。

h) 本来、タンデム質量分析法(MS/MS)法とは、二重あるいは四重にした電極を用いてフラグメントイオンを分離する方法ですが、TOF MSではリフレクターを用いて同様の分離精度を実現しています。

i) TOF MSを利用した新しい測定方法の一つに、ICAT(isotope coded affinity tag)と呼ばれるものもあります。

参考図書

1)吉瀬ら、2003年度日本農芸化学会大会講演要旨集(2003)
2)Bunai,K., et al., Proteomics. 3(9) 1738- 1749 (2003).

「蛋白質検出のための次世代分析手法、プロテインチップの基礎」(軒原、三原)蛋白質・核酸・酵素、47巻No.5(4月号) 626- 632 (2002)
「実験医学別冊・ポストゲノム時代の実験講座2プロテオーム解析−タンパク質発現・機能解析の先端技術とゲノム医学・創薬研究」羊土社(2000)
「超微量蛋白質同定のための諸要素」、岩松明彦、蛋白質・核酸・酵素、48巻14号(11月号) 1951-1961 (2003)
「改訂第4版 タンパク質実験ノート(下)」岡田・三木・宮崎(編)、羊土社(2011)

問題

問1.翻訳後修飾とはどのようなことですか。さらに、具体的な例をあげて説明して下さい。

問2.リン酸化されたタンパク質の例をあげて下さい。また、タンパク質のリン酸化にはどのような意味がありますか。

問3.タンパク質に糖鎖が付いた場合、機能的にどのような意味がありますか。

問4.アミノ酸のLeuおよびIleの構造および分子量を比較してください。他にもLeuの異性体があるので、説明してください。その際に化学構造を描くフリーソフト(付録のソフトウエアとウエッブサイト一覧を参照)を用いてください。

問5.あるペプチドの質量分析をしたところ、その質量が期待した値より 14.01 Da多い結果が得られました。どのような理由が考えられますか。 また、別の場合には42.01 Daあるいは79.96多い結果が得られました。 この場合はどうでしょうか。

問6.質量の標準試料としてアンジオテンシン I (1295.68)およびACTHフラグメント (18-39)のそれぞれを100 pmol/μlとなるように純水に溶解し、使用時には10%アセトニトリル/0.1%トリフルオロ酢酸溶液で20-100倍に希釈し、その0.5 μlを測定に使用しました。実際に各標準ペプチド溶液を作成する手順を想定してそれぞれ何mgずつを何mlに溶解させたなど、詳細に記述して下さい(数値の算出法なども)。

提供:北海道大学名誉教授 島崎 敬一

(2014年7月 改訂)

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