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技術情報

酪農食品科学特論 - 機能性ミルクタンパク質実験講座 - 改訂版

記事ID : 43781

II.機能編-1.金属イオン結合性


金属イオン結合タンパク質

金属イオンを結合しているタンパク質は数多くあります。ヘムタンパク質はその代表的なものです。その他に、活性を発現するために金属イオンを補因子として必要とする酵素類があります。また、ラクトフェリン(lactoferrin)、トランスフェリン(transferrin)、オボトランスフェリン(ovotrans- ferrin)、メラノトランスフェリン(melanotransferrin)などトランスフェリンファミリータンパク質と呼ばれる一群のタンパク質も金属イオン結合タンパク質です。

トランスフェリンファミリータンパク質

トランスフェリンファミリータンパク質であるラクトフェリンは、鉄イオンだけではなくその他の金属イオンも結合します。たとえば銅、アルミニウム、バナジウム、亜鉛、ガリウムなどとの結合が報告されています。鉄の場合は3価のイオンが結合します。結合する部位はNローブ(lobe)およびCローブに各一カ所づつあり、その結合には炭酸イオン(CO32-)も関与しています1)。また、鉄結合部位の直径は10Å程度で、ラクトフェリンに結合できるかできないかは、金属イオンの価数とイオン半径が関係しています。さらに、鉄が結合している状態と結合していない状態とで立体構造に僅かな変化が生じていることも観察されています1)。鉄飽和型(ホロ型)と鉄不飽和型あるいは遊離型(アポ型)のラクトフェリンでは、アポ型よりもホロ型の方がプロテアーゼに対する抵抗性が強く、このことを利用して、ホロ型ラクトフェリンにトリプシンを作用させて限定分解を行い、NローブとCローブを分離できます2)


図1-1.鉄飽和(ホロ)型および鉄遊離(アポ)型ラクトフェリンの調製方法
0.1 Mクエン酸溶液(pH 2)や0.1% EDTA溶液(pHは中性)を用います。中央のクロマトグラフィーの図では、0.1% クエン酸鉄アンモニウム溶液をラクトフェリン溶液の1/10容を加えて保持した後、固定化ヘパリンカラムにラクトフェリンを吸着させて、過剰の鉄イオンを除きました3)

鉄イオンの付加と除去

ラクトフェリンの場合、鉄イオンの結合は可逆的です。鉄を結合していないアポ型のラクトフェリンを調製するには、図1-1に示したように、EDTAなどのキレート剤あるいはクエン酸溶液に対してラクトフェリンを透析します。逆に鉄イオンを結合させるには、炭酸イオン(CO32-)の存在下で3価の鉄イオン(Fe3+)、例えばクエン酸鉄アンモニウムや硫酸鉄などの溶液を加え、その後に過剰の鉄イオンを除くため、透析やアフィニティークロマトグラフィーを行います3)

鉄イオン飽和度の測定

ラクトフェリン分子に対する鉄イオン結合の割合(飽和度)は、純ラクトフェリン溶液では280 nmと465 nmでの吸光度から計算で求めることができます。これはアポ型とホロ型のラクトフェリンで、吸収スペクトルが異なるためです。ホロラクトフェリンでは280 nmの吸光度が大きく、かつ465 nmに小さいピークが現れます(図1-2)。アポおよびホロラクトフェリンの各波長での吸光度の値を表1-1に示しました。また、銅イオンを結合したラクトフェリンでは432 nmに吸収ピークが観察されます(表1-2)。


図1-2.ウシラクトフェリンの吸収スペクトル
挿入したスペクトルは300〜600 nmの範囲の吸収スペクトルを拡大したもの。
表1-1.ウシラクトフェリンの吸光係数4)
  280nm 465nm
アポラクトフェリン 12.7 0
ホロラクトフェリン 15.1 0.58

吸光係数(extinction coefficient)は、ここでは光路長1cm、濃度1%の場合の値(E1%1cm)

さまざまな物質が混在している場合のラクトフェリンの鉄飽和度は、原子吸光法あるいはその他の比色定量法によって求めた鉄の定量値から計算します。ラクトフェリン以外のタンパク質が含まれている試料中のラクトフェリン濃度の決定は、ラクトフェリンに対して特異的な方法を用いなければなりません(後述)。ちなみにヒトやウシのミルクから精製したラクトフェリンの鉄飽和度は10〜30%です。
なお、鉄イオンに限らず金属イオンの定量には原子吸光法、炎光分析法などが用いられます。タンパク質に結合した金属イオンについても、湿式灰化で、あるいは乾式で灰化した後に酸溶液に溶かして分析します。その他に、キレート滴定法や比色法、さらにイオン電極による方法も用いられます。

表1-2.トランスフェリンファミリータンパク質の金属イオン結合によって生じる吸収ピークの位置(吉田、島崎)
結合金属イオン Fe3+ Cu2+
ラクトフェリン 465 nm 432 nm
トランスフェリン 464 nm 440 nm
オボトランスフェリン 460 nm 440 nm

活性指標としての鉄イオン結合能

錠剤・顆粒・粉末などの形態の様々なラクトフェリン含有製品に含まれているラクトフェリンについて、多々ある活性を測定する方法で最も簡便なのは、鉄イオンの結合能を測定することです。まず、試料中のラクトフェリンの鉄イオン飽和度を決定し、次いで図1−1に示した透析法で鉄を除いてアポ型とします。これに再度鉄イオンを飽和させる操作を行ってどの程度まで鉄イオンを再結合できるか、すなわち鉄結合性の回復率を測定します。ラクトフェリン以外に他のタンパク質が含まれていない試料の場合には、ローリー(Lowry's)法、色素結合法(クマシーブリリアントブルー(CBB)を用いるブラッドフォード(Bradford)法やアミドブラック10Bを用いる方法など)、あるいは280 nmでの吸光度を測定するなどの一般的なタンパク質定量法を用います。なお、検量線を作成する場合には十分に精製されたアポラクトフェリンを用い、280 nmの吸光係数12.74)を用いて濃度を決定して作成します。しかし試料中にラクトフェリン以外のタンパク質が含まれている場合には、ラクトフェリンの量をELISAあるいは免疫拡散法などラクトフェリンに対する抗体を用いる免疫化学的方法で定量しなければなりません。さらに測定試料中に鉄を結合する可能性のある他の物質が含まれている場合には、ラクトフェリンを精製するなどの前処理が必要となります。

鉄イオンの結合強度の比較

トランスフェリンファミリータンパク質の鉄結合のpH依存性の測定から、それらの結合の強さが分かります。ラクトフェリン溶液のpHを徐々に酸性側に移行させると鉄イオンが遊離するので、ラクトフェリンの示す吸光度の変化から残存している結合鉄の割合いを測定することが出来ます。465 nmの吸光度の変化と280 nmの吸光度の変化とは並列なので、280 nmの吸光度を測定するほうが感度良く測定できます。ヒト、ウシ、ウマのラクトフェリンおよびウシトランスフェリンの鉄イオン遊離のpH依存性(図1-3)から鉄結合の強さを比較したところ、ウマラクトフェリン=ヒトラクトフェリン>ウシラクトフェリン>ウシトランスフェリンの順でした 5)。なお、ウシラクトフェリンはヒトトランスフェリンの鉄結合能よりも260倍強いと報告されています 6)


図1-3.各種ラクトフェリンの鉄結合のpH依存性5)
●はウシラクトフェリン、○はウマラクトフェリン、▲はヒトラクトフェリン、△はウシトランスフェリン。

金属結合性を利用したタンパク質の分離法

金属キレートアフィニティ(親和性)クロマトグラフィーは、金属結合性を利用したタンパク質の分離法です。たとえばイミノジ酢酸を反応させた担体に金属イオン(銅、亜鉛、ニッケル、クロムなど)を結合させ、これらと結合性を示すタンパク質を吸着させます7)。吸着にはpH8の、溶出にはpH4の緩衝液を用いています。なお、金属結合性を利用したタンパク質の分離法として、DNA操作で作成した組換えタンパク質の分離・精製を容易にする工夫があります。それは、ヒスチジン-タグ(His-tag)融合タンパク質を作り、金属イオンクロマトグラフィーによって分離するという方法です。

補足

  • 鉄イオン含量を測定する場合、使用器具の鉄分を除くために、硝酸溶液で洗浄後し、さらに酸を除くために純水で十分にすすいで用います。
  • 鉄と結合しているラクトフェリンの全ラクトフェリンに対する比率を飽和度(飽和率)といいます。
  • 鉄イオン溶液を直接にラクトフェリン溶液に加えず、透析外液に加えて平衡化すると余分な鉄イオンの結合を避けることが出来ます3)
  • 鉄イオンをラクトフェリンから除くには、本文や図1-1で述べたクエン酸を用いる方法の他に、アスコルビン酸およびキレート剤としてdeferoxamine mesylateを加えて透析する方法なども報告されています7)
  • タンパク質に結合している鉄イオンの状態を調べる方法としてESR(電子スピン共鳴、Electron Spin Resonance)があります。
  • 鉄イオンを比色法で測定するための試薬キットが市販されています(特に血清鉄測定のため)。
  • ラクトフェリンの定量には、本文で述べた方法の他にも逆相クロマトグラフィーなどによる定量やラテックス凝集法による高感度の定量法も行われています。
  • トランスフェリンファミリータンパク質は動物だけではなく、藻類にも見いだされています8)

引用文献

1) Anderson, et al., Nature, 344, 784-787 (1990)
2) Shimazaki,K. et al., J. Dairy Sci., 76(4) 946-955 (1993)
3) Shimazaki,K. and Hosokawa,T., 日本畜産学会報 62(4) 354-356 (1991)
4) "Handbook of Biochemistry and Molecular Biology, 3rd ed. Proteins", Vol.II, G.D. Fasman, CRC Press Inc. (1976)
5) Shimazaki,K., et al., J. Dairy Res., 61, 563-566 (1994)
6) Aisen,P. and Leibman,A., Biochim. Biophys. Acta, 629, 314-323 (1972)
7) Hutchens,T.W. et al., J. Chromatogr., 536, 1-15 (1991)
8) Lambert,L.A.,et al., Comp. Biochem. Physiol., B 140, 11-25 (2005)

問題

問1. 金属イオンをヘムとして結合しているタンパク質には何種類かあります。それらの名称を挙げ、またそれぞれの機能について述べて下さい。また、それらの内でミルクに含まれているものはどれですか。

問2. 金属結合性タンパク質としてはラクトフェリンや問1にあげたヘムタンパク質以外にも存在します。たとえばメタロチオネインとはどのような物質でしょうか。

問3. 純粋なラクトフェリンの溶液の280 nmと465 nmの吸光度の比から鉄飽和度を算出する方法(計算式)を考えて下さい。なお、アポラクトフェリンとホロラクトフェリンの各波長での吸光度値は表1-1に示してあります。なお、この簡易推定法に関する質問がよく寄せられるので、本項の最後に説明します。

問4. 銅、アルミニウム、バナジウム、亜鉛、ガリウムはそれぞれ何価のイオンですか。また、これらイオンの価数およびイオン半径はどのような要素によって決まりますか。

問5. 鉄イオンあるいはその他の金属イオン結合定数の一般的な求め方を導いて下さい。

問6. 鉄イオンが2価から3価になるのは酸化、それとも還元ですか?また、酸化・還元の定義についても分かりやすく述べて下さい。

問7. ラクトフェリンの鉄イオン結合部位近傍に存在するアミノ酸残基にはどのようなものがあるかを調べて下さい。そのためにはまず、立体構造データベースからラクトフェリンのX線解析データをダウンロードし、次いで分子モデル表示のソフトウエアで立体構造を表示します。

問8. トランスフェリンに含まれる鉄イオン測定法は多々あります。市販のキットの一例として、チオグリコール酸を含む希塩酸を試料溶液に加えてトランスフェリンから遊離した鉄イオン(Fe3+)を還元してFe2+とし、最終的に鉄キレート剤を加えて可視部に吸収を示すキレート化合物を生成させて定量する方法があります。鉄イオンを飽和していないトランスフェリンにどれだけ鉄結合能があるかを測定するキットもありますが、どのように行えば可能かを上記の方法を参考に考えてください。

問9. イオン電極、あるいはイオンメーターとはどのような原理でイオン濃度を測定するものか、説明してください。

問3のラクトフェリン溶液の吸収スペクトルから鉄飽和度を推定する簡易法について

1.比色法による鉄飽和度の算出式の求め方
ここでは溶液中のラクトフェリン濃度をC (mg/mL)、鉄飽和度をX (0〜1)とし、吸光度をAで表します。アポラクトフェリンでは465 nmにおける光の吸収は生じないので、ランベルト-ベールの法則により280 nmの吸光度(A280)からラクトフェリン濃度(C%)が計算できます。しかし、鉄を結合したラクトフェリンでは465 nmに吸収があり、鉄飽和度が100% (X=1)の時にはA465は0.58の値を示しますが、たとえばX=0.5の場合は0.29の値を示すこととなります。280 nmでの吸光度(A280)もX=0の場合の値12.7からX=1では15.1と変化します。Xの値が100% (X=1)ならばA280/15.1でラクトフェリン濃度が決まりますが、不明の場合は以下の連立方程式が成り立つので、A280とA465の測定値からCとXが求まることとなります。

濃度C(%)のラクトフェリン溶液の鉄飽和度がXの場合の465 nmでの吸光度
           A465 = 0.58XC    (1)
よって     C = A465/0.58X    (2)
鉄結合による280 nmでの吸光度変化は(15.1 - 12.7) に比例するので、
           A280 = C(12.7 + (15.1 - 12.7)X) = C (12.7 + 2.4X)    (3)
よって、(2)式と(3)式からXを求めることができます。
           x = 12.7 A465/(0.58 A280 - 2.4 A465)    (4)

2.実際に測定する際の注意事項
実際に上記の計算式でラクトフェリンの鉄飽和度を推定する場合、いくつかの条件があります。

  1. 1) 精製された純粋なラクトフェリンの溶液であること。他のタンパク質の夾雑があるとラクトフェリンだけの吸収スペクトルが得られません。
  2. 2) 紫外部(280 nm付近)と可視部に吸収が無い緩衝液を用いること。リン酸ナトリウム緩衝液やリン酸‐クエン酸緩衝液などは可、トリス緩衝液は不可。
  3. 3) 吸収スペクトルを測定するラクトフェリン溶液は、濁りの無いクリアな状態であること。また、濁りが無くとも吸収スペクトルのベースラインのドリフトがあるために、可視部のスペクトルは465 nmだけではなく、スペクトルの傾きが一定になって外挿が可能になる600 nmかそれ以上の広い範囲で測定すること。
  4. 4) ラクトフェリンの280 nmと465 nmでの吸光度は桁が違いますので、紫外部の測定と可視部の測定では光路長の違うキュベッドを使ったり、あるいは感度を変えて測定します。例えば、光路長が5 mmないし10 mmの吸光度セルで長波長側のスペクトルを測定し、同じラクトフェリン溶液を1 mmないし2 mm長の吸光度セルを用いて短波長側のスペクトルを測定します。
  5. 5) この方法はあくまでも簡易法的な推定法です。特に上記3の吸収スペクトルのベースラインが直線にならない場合があり、有効数字1桁と考えてください。私はプリントしたスペクトル図に鉛筆で600 nmから500 nmまでのベースラインのカーブを延長して描いて算出しました。理論的には散乱による吸光度変化は波長の4乗に反比例します(Leach,S.J. and Scherage, H.A., J. Am. Chem. Soc., 82(18), 4790-4792 (1960)を参照)。なお、計算値が100%を大幅に越える場合はベースラインが甘く、465 nmでの吸光度を高く見積もり過ぎていると考えられます。

図1-4.分光光度計の目盛り(参考)
図1-4.分光光度計の目盛り(参考)
上が透過率(transmittance)、下が吸光度(absorbance)で、両者の関係がよく分かる。

 

(2022年4月 改訂)

提供:北海道大学名誉教授 島崎 敬一

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