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技術情報

酪農食品科学特論 - 機能性ミルクタンパク質実験講座 - 改訂版

記事ID : 13235

I.構造編-14.分子モデリングの実際


タンパク質の立体構造を見るために

タンパク質の原子座標データと表示用のソフトウエアがあれば、タンパク質の形すなわち立体的な構造をパーソナルコンピュータの画面上に表示して、かつ様々な操作をすることができます。 立体構造データベースであるRCSBのProtein Data Base (PDB)にアクセスして目的タンパク質のX線結晶構造解析による座標データを入手します。ここで得られる立体構造データ形式は、Brookhaven PDB フォーマットといわれる形式です。ここではPDB IDが不明の場合はタンパク質名で検索が行えます。lactoferrinと入力した場合の画面を図14-1に示します。非常に多くのデータがヒットするので、さらに絞り込みを行わなければなりません。目的とするpdbデータが見つかったならばダウンロードして、分子モデル表示のためのソフトウエアにこのデータを読み込ませることとなります。


図14-1. RCSB PDBのトップサイトで検索欄にlactoferrinと入力した画面。ウシラクトフェリンならばBos taurusを選択する。X線結晶解析によるデータ、あるいはNMRデータの選択もこの画面で行える。タンパク質によっては、ごく最近発達したクライオ(低温)電子顕微鏡法(Cryo electron microscopy)による解析データも増えてきている。 (参照2022.1.4)

立体構造 表示ソフトウエア

分子構造を表示するソフトウエアは有料のものから無料で使えるもの、Windows、iOS 、Linuxさらには各種タブレットやスマートフォンで動作するものまで見つかります。本講座では個人で気軽に使えるフリーソフトの使用を前提とします。各ソフトウエアによって表現が異なることがありますが、針金モデル (wireframe)、骨格モデル (backborn)、空間充填モデル(spacefill)、リボンモデル(ribbons) シリンダーモデル (cylinders)などでタンパク質の立体構造を表示することができ、かつ自由に分子を回転させたり、あるいは分子内の任意の部分を色分けして表示することも出来ます(図14-2)。さらに一部を空間充填モデルで表示し、他の部分をリボンモデルなどという異なるモデルによる組み合せでの表示も可能です。

milk_protein_14_2.jpg

図14-2. 3種類のソフトウエアでウシラクトフェリン分子 (1BLF.pdb1) )を表示した。黄色で識別した部分はNローブに見いだされた抗菌性ペプチドのラクトフェリシンで、2個の●(赤丸)は鉄イオン。用いたソフトウエアは(A) RasMol(PICT形式で保存した後にjpeg形式に変換、貼付け)、(B) VMD(スクリーンショットを直に貼付け)、(C) CMol (iPad、スクリーンショットに保存し、パソコンに送ったpng形式のファイルを貼付け)で、RasMolとCMolではcartoon、VMDはnew cartoonで表示した。

ラクトフェリンの抗体結合部位の構造比較

第3章で作成したウシラクトフェリンCローブに対するモノクローナル抗体の反応性を調べると、興味ある結果が得られました。第10章で決定した抗体結合部位の配列が、ヒトラクトフェリンにも存在しています。しかし、ELISA法やドットブロット法による検定では、ウシラクトフェリンCローブに対するモノクローナル抗体に対する反応性は認められませんでした。そこでポリペプチド主鎖の折りたたみ構造をウシとヒトのラクトフェリンについて比較したところ、図14-3に示したようにその重なりの度合いが非常に高いことが分かりました。これはモノクローナル抗体との反応が主鎖ではなく側鎖との相互作用であること、またそれらの配向が微妙に異なっていることが示唆されましたが、ここで示した抗体結合部位とは離れたペプチド鎖の影響を受けている可能性もあります。そこでラクトフェリンを変性させてからELISAプレートに吸着させ、抗ウシラクトフェリンCローブモノクローナル抗体、次いでペルオキシダーゼ標識抗体で反応させたところ、ヒトラクトフェリンにもはっきりとした反応が認められました。抗体結合部位近傍の主鎖、側鎖の状態を分子モデルで詳細に調べたところ、未変性のヒトラクトフェリンでは667Gln, 670Ala, 671Gly, 675Leuが抗体との結合を妨げているものと結論されました2)。なお、図14-4に示したものは、図14-3で示したペプチド部分を含むドメインの主鎖の構造モデルで、該当する配列AGWNIPMLIはα5に含まれています。


図14-3. ProteinAdviser(富士通九州システムエンジニアリング)によって示した、ウシとヒトラクトフェリンの抗体結合部位のポリペプチド主鎖の重なり具合2)。アミノ酸配列AGWNIPMLIはウシラクトフェリンでは465-474、ヒトラクトフェリンでは468-477に存在。

図14-4.ウシラクトフェリンのCローブのドメインの一つ(464-498)は、抗Cローブモノクローナル抗体との反応部位を含んでいます2)。このドメインはα5(463-479)とα6(482-486)の二つのヘリックス、βg(488-492)の一本のβストランドを含んでいます。(ProteinAdviserで表示)

3Dプリンターによる立体モデルの作製

ラクトフェリン分子の立体的なモデルを、3Dプリンターを用いて作製できます。実際に表面モデル(surface model)と、分子の骨格構造を示すリボンモデルで作製し図14-5に示しました。その詳細については省略しますので、作成過程を紹介したレポート(ラクトフェリン学会ニュースレター)3)を参照して下さい。


図14-5.3Dプリンターで作ったラクトフェリン分子のリボンモデル。赤い球は鉄イオン(分かりやすくするために大きな球で示した)。

補足

a)RCSB PDB(Research Collaboratory for Structural Bioinformatics Protein Data Base)のURLはhttps://www.rcsb.org/。

b) タンパク質・ペプチドを主とする生体高分子の立体構造に関するデータベースは上記RCSB PDBの他にも複数あり、それらデータベースを統合的に保守・公開するためwwPDB (World Wide Protein Data Bank) が2003年に結成されています。さらに、立体構造データの形式について2014年より新しいフォーマット(PDBV/mmCIF)に変更されました。

c)ほとんどのソフトウエアは日本語で表示されたフォルダ、ディレクトリ、ファイルは認識しないので、特にデータを格納するフォルダーの階層や名称には注意してください。

d) X線結晶解析データから分子モデルを表示させた場合、単量体タンパク質のはずなのに2分子がセットになって表示される場合があります。そのような時はpdbファイルをテキストファイルとして開いて座標データを表示させて、繰り返し部分を削除することで対応できます。

e) 図14-2で用いたVMDとCMol(iPad使用)についての簡単な操作法を日本ラクトフェリン学会ニュースレターNo.7とNo.11(http://lactoferrin.jp/newsletter.html)に掲載してあります4)。なお、「どの分子モデル表示ソフトを使ったらよいか」は使用目的によりますが、求める機能に関する操作の容易さ、たとえば各種操作がメニュー形式で容易にできるソフトウエアか、あるいはコマンド操作で細かな指定を行うソフトウエアか、などは選択する際の判断基準の一つになります。さらに表示の種類の多さや見た目の美しさ、様々に加工して表示した分子モデルを保存する画像のファイル形式が、使っているパソコンやソフトウエアで利用できる形式かどうかも、結果を利用する際に重要となります。

f) 1(イチ) オングストローム (angstrom, Å) は 0.1ナノメートル (nm)。

g) 空間充填モデルは球 (ball)モデルあるいはCPKモデルといわれます。

h) タンパク質とリガンドとの結合部位を解析するソフトウエアとしてAutoDock Vinaがフリーで使えます(Windows、iOS、Linux用あり。https://vina.scripps.edu/)。

i) ごく最近は、AI(人工知能、artificial intelligence)を活用して、遺伝子配列情報からタンパク質の立体構造を解析する技術が、目覚ましい速さで進歩しています5)

引用文献

1) Moore,S.A., et al., J. Mol. Biol., 274, 222-236 (1997)
2) Nam,M.-S., et al., Food Agr. Immunol., 14, 141-148 (2002)
3) 島崎、相沢、「3DプリンターによるウシラクトフェリンN-ローブとC-ローブモデルの作製(その1〜3)」、ラクトフェリン学会ニュースレター第15号 6-9 (2015.11)、第17号 5-7 (2016.6)、第19号8-12 (2017.3)
4) 島崎、「回転するラクトフェリン分子をホームページに表示する」、ラクトフェリン学会ニュースレター第7号8-11 (2013.2)、「タンパク質分子立体構造ビューワーCMolを使ったiPadでのラクトフェリンの構造表示」、第11号8-10 (2014.5)
5) Cramer, P., "AlphaFold2 and the future of structural biology", Nature Structural & Molecular Biology, 28, 704-705 (2021)

参考図書

「新生化学実験講座1タンパク質-III 高次構造」日本生化学会編、東京化学同人、67-90 (X線), 91-150, 151-190 (NMR)(1990)
「タンパク実験プロトコル2.構造解析編」189-220、秀潤社(1997)(RasMol操作法)
「基礎生化学実験法・第3巻タンパク質 I 検出・構造解析法」日本生化学会編、東京化学同人(2001)
「シリーズ・あなたにも役立つバイオインフォマティクス」蛋白質・核酸・酵素46巻13号(10月号、立体構造の入手)2003-2008 (2001)、15号(12月号、立体構造の類似性)2198-2204、47巻2号(2月号、アミノ酸配列から立体構造を予測する)181-186
「タンパク質と核酸の分離精製(基礎と実験)」(化学と生物 実験ライン48)寺田弘編、307-321、廣川書店(2001)(立体構造予測)

演習問題

問1.PDBにアクセスしてウシラクトフェリンのX線結晶解析データをダウンロードし、そのヘッダー部分と座標データの一部をプリントして示し、それらがどのような意味を持っているかを説明して下さい。

問2.RCSB PDBからダウンロードしたウシラクトフェリンあるいはヒトラクトフェリンの立体構造を、RasMolなどの分子モデル表示用のフリーウエアを用いて表示し、以下の一連の操作を行って下さい。

2-1. ラクトフェリンの立体構造をリボンまたはcartoonモデルで表示して下さい。図14-2を参照してバックグランドの色調を白に設定し、鉄イオンは識別し易いようにspacefill(空間充填)モデルで表示し、かつ色調をタンパク質とは変えて下さい。

2-2. ラクトフェリシン部分あるいはこれまでに述べた抗原決定基の部分を識別できるように色分けして表示して下さい。完成したモデルを文章やスライドに貼り付けることの出来る形に保存し、プリントしてみて下さい。

2-3. ラクトフェリンのNローブとCローブを識別できるように表示して下さい。

2-4. ラクトフェリン分子に結合している2個の鉄イオン間の距離を求めてください。

2-5. ラクトフェリン分子のおおよそのサイズを求めてください。

問3. ラクトフェリンの一部であるラクトフェリシンの高次構造のデータを検索し、立体構造を表示してください。ラクトフェリン分子の一部となっている場合と、遊離の状態とで立体構造は同じですか。あるいは異なりますか。異なるとすればどのような違いがありますか。

 

提供:北海道大学名誉教授 島崎 敬一

(2022年1月 改訂)

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