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技術情報

酪農食品科学特論 - 機能性ミルクタンパク質実験講座 - 改訂版

記事ID : 13233

I.構造編-12.アミノ酸配列から得られる情報


アミノ酸組成とアミノ酸配列

タンパク質はアミノ酸が重縮合したものであることから、各アミノ酸の含量すなわちアミノ酸組成はそのタンパク質に特有のパターンを示します。しかし、アミノ酸組成から得られる情報はかなり限定されたものです。たとえば食品タンパク質の場合の栄養価などです。その他には第2章で述べたように、構成アミノ酸残基の側鎖の性質から等電点や理論滴定曲線などのイオン的な性質が推定できます。これらはイオン交換クロマトグラフィーに用いる条件やネイティブ電気泳動での移動度の予測に用いられます。また、アミノ酸配列が知られているタンパク質のペプチドマッピングを行う場合に、逆相クロマトグラフィーでの溶出位置の予測に用いることも報告されています1)。一方で、タンパク質のアミノ酸配列から得られる情報は、アミノ酸組成だけから得られる情報に比べると、質・量ともに大きな差があり、以降に述べようにさまざまな解析ができます。

アミノ酸配列から得られるプロファイル

あるタンパク質について、アミノ酸配列が知られている場合、得られる情報は飛躍的に多くなります。たとえば、そのアミノ酸配列から疎水性部位を予測してそのプロフィールを作成することにより、目的配列がタンパク質の内側あるいは外側に存在するかを推定できます。特に膜タンパク質においては膜貫通部位の予測などに利用されます。親水性度(hydrophili¬ci¬ty)あるいはその逆の意味の疎水性度(hydro¬pho¬bicity)は、各アミノ酸について水と非極性溶媒との間の分配係数から求めた熱力学的な数値で、疎水性のより大きな基は負の疎水性度で示されます。しかし、側鎖とポリペプチド主鎖あるいは溶媒との相互作用などの影響が複雑に絡み合うので、当り障りの無いハイドロパシー(hydropathy)という言葉がよく使われます2)。なお、極性と非極性の両方の性質を示すセグメントを持つ場合があり、このような性質を両親媒性(amphi-philic)といいます。前章で紹介したアラインメントエディタを用いることによって、ここで述べた各種のプロフィールや次節で述べる抗原部位などについての情報を、アミノ酸配列から得ることができます。

2種のタンパク質のアミノ酸配列の類似性(ホモロジー)を調べる方法の一つに、Diagonal dot-plot3) (Harr Plot)があります。縦軸と横軸に、比較するそれぞれのタンパク質のアミノ酸配列を当てはめ、それぞれのアミノ酸残基が一致した交点にマークを記入したものです。着目するアミノ酸残基の前後でどの程度配列が一致しているかが直感的に分かる方法です。全く同じアミノ酸配列のタンパク質を縦軸と横軸に用いたこの方法でプロットした場合には、対角線が引かれます。

抗原となり得る部位の予測

第3章でも述べましたが、あるタンパク質に対する抗体を作製するためにペプチドを合成して抗原として用いなければならない場合があります。このような場合に、対象タンパク質について抗原となり得る部位を予測することが必要となり、その当たり外れが抗体産生の成否を決めることとなります。そのための目安(antigenicityあるいはantigenic index)として疎水性度の他に柔軟性4) (flexibility)、極性(polarity)、その部位の表面への露出のし易さ(surface probability)、さらには二次構造などの諸要素が用いられて総合的に判断することとなります。

タンパク質崩壊との関連

真核生物タンパク質のアミノ酸配列と、その細胞内での崩壊の半減期との関連が提唱されています。半減期が2時間以上のタンパク質には「PEST領域」5)すなわちPro, Glu, Ser, Thrを含む領域がほとんど見当たらないという報告や、N末端に位置するアミノ酸がin vivoでの半減期を決めるという「N-end rule」6)も提唱されていました。細胞内のプロテアソーム・ユビキチン系において、対象タンパク質にユビキチンを結合させる酵素がこれらの配列を認識すると考えられています。

細胞外に分泌されるタンパク質の場合は情況が異なります。血流中でラクトフェリンについては、ミルク由来のものと好中球由来のものでは糖鎖の組成が違うため(フコースの有無)、肝臓で選別されているという報告があります7)

モチーフとドメイン

ある一定の機能を持つと期待される特徴的な共通の配列や構造をモチーフ(motif)といいます。モチーフ配列は3〜10個のアミノ酸残基から構成され、タンパク質の非構造領域に存在して明確な高次構造はとらないため8) 、正確にモチーフを予測することは困難と考えられています。しかし、タンパク質の生合成とその後の機能の調節にモチーフ配列が大きく関わっているために、モチーフ配列のより精度の高い予測法の研究が行われています。これまでに知られているモチーフには、遺伝子調節タンパク質のDNA結合モチーフであるホメオドメイン、ロイシンジッパーモチーフ、ジンクフィンガーモチーフ、ヘリックス-ループ-ヘリックス(HLH)モチーフ、ヘアピンβシートモチーフなどがあります。一方、ドメインは30残基以上で構成され、進化的に高度に保存された高次構造をとる配列です。ドメインとドメインとの相互作用は比較的強固ですが、ドメインとモチーフとの相互作用は弱いものが多いと考えられています8)

高次構造の予測

ポリペプチド主鎖の構造、すなわち骨格構造は二次構造(secondary structure)と呼ばれ、規則的な繰り返し部分とそうでない部分とに分けられます。規則構造はαヘリックス、平行あるいは逆平行のβ構造(β-pleated sheet、β-structure)、βターンです。一般に球状のタンパク質分子表面の近くでは、ポリペプチド鎖の方向を変える折れ曲がり部分があり、ループ(loopまたはreverse turn、β-bend)などと呼ばれています。その中でβ-ヘアピン(β-hairpin)がよく知られており、逆平行β構造内で隣接するβストランドを繋いでいて、1残基から形成されている場合はγターン(g -turn)といわれます。2残基で形成されているβターン(β-turn)が一般的です。


図12-1.ポリペプチド主鎖の回転角

アミノ酸残基間のペプチド結合、すなわちアミド結合(-NH-CO-)は平面構造をとっており、C-N結合の周りの回転はできません。その他の2種の結合の周りの回転は可能ですが、全く自由ではなく立体障害などである範囲の値しかとれません。なお、Cα-C結合の回転角はΨ(プサイ)、Cα-N結合の回転角はΦ(ファイ)です。これらの結合角の回転の制限とそれらの間の水素結合による安定化が主な要素となって二次構造が決まります。そこでペプチド鎖全体についてこれらの可能な角度を計算し、かつアミノ酸側鎖間の相互作用(水素結合、疎水結合)などを考慮して、エネルギー的に最も安定な構造を求めることから最終的に立体構造を推定出来ると考えられます。タンパク質のような巨大分子では現実的ではないと言われていましたが、最近は人工頭脳(AI)による立体構造の推定が現実味を帯びてきました(14章の補足を参照)。最も簡単な二次構造の推定方法はChou & Fasman法9)として知られている経験的な方法で、各アミノ酸について規則構造の形成し易さの指数から、その二次構造を推定するものです。たとえば、αヘリックスを形成し易いアミノ酸残基はGlu, Ala, Leu, Met, Gln, Lys, Arg, His、β構造(βストランド)を形成し易いものはVal, Ile, Tyr, Cys, Trp, Phe, Thr、ターンを形成し易いものはGly, Asn, Pro, Ser, Aspとなっています。さらにαヘリックス軸を紙面に垂直に投影した図を作ることによって、ヘリックスを構成しているアミノ酸残基の側鎖間の相互作用を推定することができます。これをhelical wheel(車輪投影モデル)3)といいます。

近年、膨大な数のゲノム解析データとタンパク質の配列データ、加えてタンパク質の立体構造データが多く蓄積され、さらこれらのデータを扱う高度なプログラムが開発されて、高精度の二次構造の予測が可能になり、現在では十分に実用的な方法になったと考えられています10)。詳細は他の成書や解説を参照して下さい。

補足

a) タンパク質のflexibilityを実際に測定する以外の方法で求めるには、各アミノ酸のCα のB値を合計して推定します4)。フレキシブルな位置を占める場合に高いB値をとります。B値<1すなわち硬いアミノ酸に分類されるのはAla, Val, Leu, Ile, Tyr, Phe, Met, His, Trp, CysHです。

b) PEST配列5)にはAspも含まれることがあります。

c) N-end rule6)ではAla, Gly, Met, Ser, Thr, Valで半減期が20時間以上、Ile, Gluでは約30分、Tyr, Glnでは約10分、Proでは約7分、Asp, Leu, Lys, Pheでは約3分、Argで約2分となっています。

d) 両親媒性(amphipathic)は極性と非極性の両方を持っている性質で、正と負の両方の荷電を持つ物質は両性電解質(ampholyte)といいます。

e) モチーフはアミノ酸配列だけではなく、DNAの塩基配列についても適用されます。さらに別の遺伝子あるいはタンパク質との間で共通するモチーフの配列が僅かに異なっている場合に、その共通の配列で最も保存されている配列をコンセンサス配列といいます。

f) 二次構造にはαヘリックス(α-helix)、平行(parallel)または逆平行(anti-parallel)のβ構造(βシート構造、βひだ状シート構造、β-structure, β-pleated sheet, β-sheet, β-strand)、βターン(β-turn)があります。それ以外が不規則構造(unordered structure)と呼ばれます。なお、random coilという言い方は本来、熱力学的にみて不規則な構造という意味です。なお、βストランド(β-strand)とは、β構造の中の一本のポリペプチド鎖のことをいいます。2本以上が集まってβ構造をとります。

g) 構造が既知のタンパク質について、各アミノ酸残基のΦとΨ(図12-1を参照)をプロットしたものをラマチャンドランプロット(Ramachandran plot)と呼びます3)

引用文献

1) Sasagawa,T. et al., J. Chromatogr., 240, 329-340 (1982)
2) Kyte,J. & Doolittle,R.F., J. Mol. Biol., 157, 105-132 (1982); Klain,P. et al., Biochim. Biophys. Acta, 815, 468-476 (1985)
3) Proteins: Structure and Molecular Properties (2nd ed.), T.E.Creighton ed., W.H.Freeman & Company (1993)
4) Karplus,P.A. & Schulz,G.E., Naturwissen¬schaften, 72, 212-213 (1985)
5) Rogers,S. et al., Science, 234, 364-368 (1986)
6) Bachmair,A. et al., Science, 234, 179-186 (1986)
7) Preels,J.P. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 75, 2215-2219 (1978)
8) 小杉・柳川「タンパク質モチーフ活性の予測とシグナル伝達解析」生化学. 82(7) 641-645 (2010)
9)「続生化学実験講座2タンパク質の化学(下)」東京化学同人、697-749 (1987)
10) 金城玲「蛋白質の高精度2次構造予測」蛋白質・核酸・酵素52(1) 50-56 (2007)

演習問題

問1.タンパク質構成アミノ酸で、人間にとって必須なアミノ酸は何ですか。また、動物種によって必須アミノ酸が異なるのは何故ですか。

問2.ラクトフェリンのアミノ酸配列から疎水性プロフィールを求めてください。NローブとCローブの各部位で疎水性プロフィールに違いがありますか。あるとするとどの部位で、どのように違いますか。

問3.両性物質、両性イオン、両性電解質、両親媒性物質など、よく似た言葉について説明し、具体的な例(構造式など)もあげて下さい。

問4.ラクトフェリンで抗原となり得る部位を、この章で述べた方法で推定してみて下さい(第3章の記述も参照)。あるいは、そのような部位を求めることのできるウエッブサイトを付録のウエッブサイト一覧を参考にして探し出し、解答を出して下さい。

問5.タンパク質の生体内(細胞内)における崩壊のメカニズムについて、簡潔に説明して下さい。

問6.ラクトフェリンおよびその他のミルクタンパク質の配列中にどんなモチーフやドメインが含まれているかを調べてください。

問7.ペプチド結合は平面構造をとっていますが、なぜ平面となるのか説明して下さい。

問8.平行あるいは逆平行β構造とはどのようなものですか。また、ほとんどβ構造で構成されているタンパク質も知られていますが、そのような例を挙げてください。

問9.βバーレル構造とはどのような構造ですか。実際のタンパク質の例も挙げてください。

問10. 超二次構造 (super secondary structure)としてαヘアピン(αα’)構造、βヘアピン(ββ’)構造、さらにはβαβ’構造(Rossman fold)が知られています。これらはどのような構造ですか。

問11.オンラインで使える構造予測サイトにアクセスして、ラクトフェリンのアミノ酸配列からその二次構造を予測してください。第13章に円偏光二色性スペクトルの測定で求めたラクトフェリンの二次構造含量が記載されていますが、その値と比較してください。

問12.タンパク質の構造や機能について考える場合、通常は「水」に溶けていることを前提としています。タンパク質やペプチドを溶解する溶媒を水系からたとえばアルコールその他の有機溶媒に換えても溶けている場合、タンパク質の構造さらにはその機能にどのような影響があるか考えて下さい。

 

提供:北海道大学名誉教授 島崎 敬一

(2022年1月 改訂)

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