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技術情報

酪農食品科学特論 - 機能性ミルクタンパク質実験講座 - 改訂版

記事ID : 43786

II.機能編-6.微生物の生育を促進する作用


乳酸菌・ビフィズス菌

消化管内の乳酸菌やビフィズス菌の生育に役立つさまざまな物質が、ミルクや各種の食品に含まれており、私達がそのような物質を摂取することで腸管内の微生物叢を良好に保つことが知られています。人では消化吸収できずに(難消化性)、腸内有用細菌によって利用される作用をプレバイオティクス効果、またそのような働きをする物質をプレバイオティクスといいます。また、生きている微生物が示す健康維持・増進についての働きはプロバイオティクス効果といわれます。特に乳児では、腸内における細菌叢が健康・発育に大きな影響を与えるため、母乳中に含まれるラクトフェリンやオリゴ糖がビフィズス菌優勢な腸内細菌叢を形成するのに役立っていると考えられています。これら両方の作用をあわせてシンバイオティクスということもあります。さらに、微生物の働きで生成された物質が健康にとって有効に機能する場合も多く、これをバイオジェニックス1)ということが提唱されました。近年、発酵乳(ヨーグルトなど)の健康への効果が認識され、さまざまな製品が出回るとともに消費も伸びていますが、それらの主な機能として上に述べた効果が謳われています。

プレバイオティクス効果を示す物質としては各種のオリゴ糖が代表的なものです。さらにタンパク質やペプチドのなかにもこれら腸内有用菌に対して生育促進効果を示すものがあります。ラクトフェリンもその一つで、多くの細菌に対してその増殖を阻害したりあるいは殺菌作用を示す一方で、ある種の乳酸菌やビフィズス菌に対しては増殖効果があることが見出されています2)。in vitroでの実験例を図6-1に示しましたが、このようなビフィズス菌生育効果は実験動物を用いたin vivoの実験でも得られています。しかし、ラクトフェリンの生育促進作用は菌株による差が大きく、効果の無い菌株もあります。

図6-1. ビフィズス菌 (<em>B. bifidum</em> ATCC 15696)に対するホロラクトフェリンの増殖促進効果の一例
図6-1. ビフィズス菌 (B. bifidum ATCC 15696)に対するホロラクトフェリンの増殖促進効果の一例 (Kimら)。
○は培地にラクトフェリンを含まないコントロール、
□は0.01 mg/ml、△は0.1 mg/ml、●は1mg/mlのラクトフェリンを含む。
図6-2.液体培地で<em>Lactobacilus acidophilus</em>を培養した場合のCFU(cology forming unit)と吸光度(OD)の関係
図6-2.液体培地でLactobacilus acidophilusを培養した場合のCFU(cology forming unit)と吸光度(OD)の関係
(大橋、島崎)

生育促進効果の測定法

生育促進効果を測定する方法は、抗菌作用の測定と同じ方法が用いられます。細菌数を計測する方法は前の章でも簡単に述べましたが、試験物質を含む液体培地あるいは寒天培地で対象とする菌を生育させ、その生育の度合いを計測します。図6-2では液体培地を用いて菌が増殖することによって培地の濁り度が増加する割合を測定しました。なお、ビフィズス菌の場合は、偏性嫌気性菌なので嫌気的な条件下で培養しなければなりません。

培養に用いる容器としては、コロニー計測用にはプラスチック製シャーレが一般的です。液体培地での培養の場合は、各種サイズのガラス製試験管が用いられます。プラスチック製の96穴プレートで培養し、菌の生育によって生じる濁りをプレートリーダーで読み取る方法も用いられます。

生育促進のメカニズム

ラクトフェリンの乳酸菌やビフィズス菌に対する生育促進の作用についてのメカニズムは、まだ解明されていません。微生物の生育にとってある程度の量の鉄イオンは必須なので、ラクトフェリンを通じて必要な鉄イオンを得ているという説明があります。またある種の菌は、キレート物質(シデロフォア)を菌体外に分泌して鉄イオンを取り込みます3)。シデロフォアを分泌しないNeisserraceaeファミリーなどでは、ラクトフェリンやトランスフェリンから鉄イオンを得るためのレセプターを菌体表面に持っています4)。それに対して、生育のためのタンパク質栄養源としてラクトフェリンが利用されている場合は、生育促進因子とは言えないでしょう。

乳酸菌・ビフィズス菌に対して増殖促進作用を示す物質は数多く見出され、かつ食品などへの利用が積極的に行われています。難消化性のオリゴ糖はその代表的なものです。しかし、オリゴ糖など低分子物質の示す成長・増殖活性と、高分子物質であるタンパク質の示す成長・増殖効果は、その機構が全く異なるものと考えられます。一般には微生物の生存環境において存在する各種有機物でタンパク質のような大きなものは、微生物の分泌する各種酵素によって断片化され、栄養素として取り込まれて成長・増殖に用いられます。細胞成長・増殖の機構については、動物細胞や微生物においては酵母など扱いやすい細胞に限られており、それらの細胞周期(G1、S、G2、Mの各期)やエネルギー獲得系、ATP生成機構が解明されていますが、乳酸菌やビフィズス菌についての細胞内刺激伝達機構などは現在のところ解明途上にあります。

母乳と育児用ミルクでは乳児の便中のビフィズス菌量を比べたところ、母乳で育てた乳児の方がビフィズス菌が多いという報告5) があり、母乳中に多いオリゴ糖とラクトフェリンによるものとされています。その後、ヒトとウシのラクトフェリンでビフィズス菌生育作用のあるフラグメントが見いだされています6)

単純化したラクトフェリンあるいはそのフラグメントが細胞に干渉して、生育促進などを生じさせる経路を図6-3に示しました。ラクトフェリンあるいはそのフラグメントに含まれるA、Bの部位が、それぞれ細胞表面のレセプターA、Bと結合することを示しています。Aの場合は各種シグナル伝達経路を経由して機能を発現する可能性を、Bの場合は、核内へ移行してDNAの遺伝子B1やB2に働きかけてタンパク質B1、B2の発現を制御する可能性を表現しています。部位CとDは、鉄イオンその他のリガンド結合に関係する部位を表わしています。

図6-3 ラクトフェリン分子の機能性発現仮説
図6-3 ラクトフェリン分子の機能性発現仮説
(ラクトフェリン学会ニュースレター第19号 8-12(2017.3)より)

補足

a) プレバイオティクスの定義は「難消化性の食品成分で、宿主の健康を増進する腸内細菌の増殖や活性を選択的に促進することにより宿主に有益に作用するもの」であり、上部消化管で消化吸収されず、腸内フローラの構成がより健康によい構成に変化するように選択的に利用されることが必要とされています7)

b) プレバイオティクス(prebiotics)、プロバイオティクス(probiotics)、シンバイオティクス(synbiotics)、バイオジェニックス(biogenics)

c) 濁度は、透過光ではなく入射光と直角に散乱する光量を測定します(図6-4参照)。

図6-4.吸光度および濁度の測定原理
図6-4.吸光度および濁度の測定原理
I0は入射光強度、Iは透過光強度。

d)ラクトフェリンに限りませんが、成長因子(増殖促進因子)としての働きは、全ての菌に有効とは限りません。一例として、各種ビフィズス菌に対するラクトフェリン添加効果を測定したデータ8)を示します(図6-5)

図6-5 ビフィズス菌に対するラクトフェリン添加効果
図6-5 ビフィズス菌に対するラクトフェリン添加効果 (M.Rahmanら)

引用文献

1) 光岡知足、「腸内フローラとプロバイオティクス」(光岡編)学会出版センター、pp.1-16 (1998)
2) 島崎、ミルクサイエンス、55(3) 161-169 (2007)
3) 茂木立志、蛋白質・核酸・酵素、80, 1460-1467 (2005)
4) Yu,R.H. and Schryvers,A.B., Biochem. Cell Biol., 80(1) 81-90 (2002)
5) 児玉明彦、日本小児科学会雑誌、87(6), 1000-1013 (1983), Yoshioka et al., Pediatrics, 72(3), 317-321 (1983)
6) Liepke et al., Eur. J. Biochem., 269(2), 712-718 (2002), Oda et al., Appl. Environ. Microbiol., 79(6), 1843-1849 (2013) 、織田浩嗣ら、「ラクトフェリン2013」、86-90 (2013)
7) Gibson,G.R., 「21世紀腸内フローラ研究の新しい動向」(光岡編)学会出版センター、pp.9-18, (2002).
8) Rahman, et al., Int. J. food Sci. Technol., 45, 453-458 (2010)、島崎ら、「ラクトフェリン2011」、105-1112 (2011)

演習問題

問1.プレバイオティクス効果を示す物質について、これまでにどのような物質が知られていますか。また、それらの代表的なものに難消化性のオリゴ糖が挙げられますが、このようなオリゴ糖は何故ビフィズス菌などに対して生育促進効果を示すのでしょうか。

問2.ビフィズス菌の健康に対して期待されている効果にはどのようなものがありますか。

 

(2022年4月 改訂)

提供:北海道大学名誉教授 島崎 敬一

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