メカノトランスダクション(機械的シグナル伝達)は、機械(物理的など)力に対して特異的細胞応答を誘発する生化学的シグナルへの変換を通じて、細胞が感知、解釈、および応答する複数の段階からなる生物学的プロセスです。本来この応答は、単量体(球状; G-)アクチン、らせん状の重合体(線維状; F-)アクチン、およびアクチン結合タンパク質(ABPs)から構成されるアクチン細胞骨格の再構築を必要とする細胞の突出や退縮を産生するための力産生が関与するため、しばしば機械的です1-3。ABPsは、F-アクチンを葉状仮足、張力線維、糸状仮足、ポドソーム、アクチン星状体、渦、および星型といった多様な構造形態へとダイナミックに組織化します2-4。これらの様々な構造は、細胞の機械的刺激に対する多重応答においてそれぞれ特化した役割を担います。F-アクチンは主に接着点や接着結合への結合を介してこれらのシグナルを伝達し、これにより細胞のアクチン細胞骨格と細胞外マトリックスや他の細胞との接触がそれぞれ調和します5-7(図1)。機械的シグナル伝達におけるアクチン細胞骨格の役割を理解することで、アクチンが関与する細胞構造や機能の力誘導性変化の根底となる従来の基礎生物学の範囲を超えると考えられます。ABPs変異体発現に由来する疾患では、細胞は機械力に対して生理的な応答ができません3, 8-13。本ニュースレターでは、機械的シグナル伝達におけるアクチン細胞骨格の役割を協議します。
アクチン細胞骨格は細胞に与えられた張力に対してメカノセンサー(mechanosensor)として機能します3。疑問なのは、細胞骨格は機械的張力に対してどのように応答するのか、ということです(図1)。様々なアクチンを基にした構造内ではアクチン線維が機械的負荷(線維ごと)に耐えており、この点は電子顕微鏡、蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)、原子間力顕微鏡、および光学トラップをはじめとする数々の多様な顕微鏡技術を用いて研究されてきました3, 14。これらの様々なアクチン構造は特定の機械的負荷に付随しており、構造の特定化された細胞機能に対して最適化されています。線維の機械的負荷(張力の増大)によりその立体構造15や、ABPsが線維に結合し影響を及ぼす方法3 が変化します。F-アクチンに関与するタンパク質であるコフィリンの場合、線維の長さが変化するとその結合や機能が影響を受けます。細胞を伸展させる引っ張り力は伸びる方向と平行した線維の長さ応じて増大します。この状況下では、コフィリンの結合親和性が低減し、ミオシンIIの結合親和性は増大します16-18。このようなF-アクチン長や結合パートナーの機械的誘発性変化によりF-アクチンが安定化し、細胞の機械的シグナル伝達過程において根幹をなす張力線維がより簡単に形成されます7, 16-19(図1)。アクチン構造動態における張力誘導性変化は、Arp2/320といったアクチン核形成タンパク質の結合にも影響を及ぼします。アクチンを基にした構造の機械的誘発性変化は、少なくともいくつかの細胞腫において遺伝子発現にも影響を及ぼします。機械的刺激を受ける中でより多くの張力線維が形成されると、転写共役因子YAPが核に転位して活性化されます。YAPはHippoシグナル伝達に不可欠であり、細胞増殖や分化に関与する遺伝子の発現増大を媒介します。したがって、細胞外の機械的な力に対するアクチン細胞骨格の応答により生理学的かつ病態生理学的関連性をもつプロセスをもたらすと考えられます7, 21, 22。
図.1 アクチン細胞骨格は機械的な力を伝達する。
機械的負荷により、1) F-アクチンにおける立体構造変化(左図)、2) ABPsの立体構造変化により隠されていた結合部位があらわになる(中央)、3) ABP介在性アクチン重合動態の変化(右図)、が誘導される。
F-アクチンと同様に、ABPsや他のアクチン関連タンパク質は機械的ストレスに直接応答します(図1)。一般的な応答として立体構造変化が挙げられ、それまで隠されていたタンパク質結合部位があらわになります。接着点関連タンパク質であるタリン、接着結合タンパク質であるα-カテニン、および、ビンキュリン、フィラミン、ミオシン、α-アクチニン4、およびアクチン線維関連タンパク質といったABPsの場合はこれに該当します23-29。
最後に、アクチン重合化とネットワーク集合は、機械力により調節されています(図1)。ABPsにおける力誘導性変化を介して(上記参照)、重合動力学が変化します3。機械力自体も物理的障壁として作用することで重合化に対立できます。重合動力学におけるこのような変化により線維の密度や組織を変更することができるのです3。
まとめ
アクチンは典型的な細胞骨格タンパク質であり、おそらく、細胞の形状、運動性、細胞内輸送、および力産生に変化を生ずる多様な外部刺激に対する細胞応答に最も関連するタンパク質でしょう。アクチンが生理学的かつ病態生理学的プロセスにおいて重要なことは明らかであり、何十年にもわたりそれに焦点を当てた研究がなされてきたのにも関わらず、どのようにしてこれほど多様な高次アクチン構造が細胞内に存在しているのか、また、機械的シグナル伝達においてアクチンに付随する機能は何か、理解することは未だに課題です。これらの疑問に答えるには、線維に対する機械的負荷を適用し測定する方法を組み合わせた高解像度顕微鏡が必要となり、技術的に難易度の高いことです。研究者の方々が機械的シグナル伝達におけるF-アクチンの役割(および、他の細胞プロセス)を明らかにするためのお役に立てるよう、Cytoskeleton, Inc.では精製した標識済み、または未標識アクチンタンパク質、精製ABPs、機能性アクチンアッセイキット、およびF-アクチン生細胞画像化プローブをご提供しています。