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記事ID : 43992
研究用

特集:タンパク質発現

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【目次】

総説:再構成型無細胞タンパク質合成系(PURE system)の展開

1.無細胞タンパク質合成系

無細胞タンパク質合成系(cell-free protein synthesis system)は、細胞の抽出液に目的タンパク質の遺伝子を加えて30℃や37℃で反応させることにより、試験管内(in vitro)でタンパク質を合成する技術である(in vitro(転写)翻訳系とも呼ばれる)。細胞抽出液としては、大腸菌、小麦胚芽、ウサギ網状赤血球、哺乳類培養細胞などの抽出液が使用されており、遺伝暗号の解読など様々な研究に用いられてきた。生細胞に遺伝子を導入して目的タンパク質を発現させる方法と比較して、①培養設備が不要である、②細胞毒性を有するタンパク質も合成できる、③温度などの反応条件を調節しやすい、④ハイスループットな合成が可能である、などの利点がある。現在では、複数の会社からキットとして様々な製品が販売されており、簡単に使用することができる。

2.再構成型無細胞タンパク質合成系(PURE system)

タンパク質合成反応は、リボソーム上でアミノ酸からポリペプチドを合成する酵素反応であるとも言える。この観点から、タンパク質合成に関与するリボソームや様々なタンパク質を精製し、精製した因子から再構成した無細胞タンパク質合成系が約20年前に開発され、PURE systemと名付けられた1)(図1)。PURE systemは、前述した細胞抽出液を利用する無細胞タンパク質合成系の利点に加えて、ヌクレアーゼなどの翻訳反応を阻害する因子や翻訳反応に無関係な因子を含んでいない、使用目的に合わせて反応液の構成を調節できるという利点も有している。最初に報告されたPURE systemはヒスチジンタグが付加されたタンパク質で再構成されていたが、ジーンフロンティアは、PURE system の開発者である上田卓也東京大学大学院教授(現早稲田大学大学院教授)と共同研究を進め、タグを持たないタンパク質で再構成した「PUREfrex®」を開発し、2011 年から販売している。PUREfrex®は、構成因子の精製方法を改良することで、従来のPURE systemよりもさらにLPSなどの不純物の混入が減少している。当初のPUREfrex®は合成量が課題であったが、反応液組成を改良したver.2.0では1 mg/mL の合成産物を得ることも可能になっている。

3.PURE system(PUREfrex®)の利用

PURE systemは、他のタンパク質合成系にはない様々な特長を有しているため、単にタンパク質を調製する目的だけでなく、翻訳反応や新生タンパク質のフォールディング反応のメカニズム解析などの基礎研究や、タンパク質工学、合成生物学などの分野でも用いられている。

3-1.様々なタンパク質の合成

PURE systemには新生タンパク質のフォールディングを助ける分子シャペロンが含まれていない。そのため、自発的にフォールディングすることができないタンパク質を合成すると凝集体を生じる場合も多い。そのような場合は、分子シャペロンを添加した反応液で合成することで可溶性として合成できる場合がある2)。ジーンフロンティアでは、分子シャペロンとして大腸菌のHsp70であるDnaK、およびHsp60であるGroEを提供しているが、真核生物由来の分子シャペロンを添加して合成することも可能である。

PURE systemは、ジスルフィド結合含有タンパク質も活性を持ったタンパク質として合成可能である。ジスルフィド結合を形成させるためには酸化的環境で合成する必要があるが、PURE systemでは還元剤や酸化剤の添加量を調節することで容易に酸化的な環境に変えることができる。また、複雑なジスルフィド結合形成が必要な場合は、ジスルフィド結合異性化酵素を添加して合成することで、正しいジスルフィド結合形成が促進される。実際に、我々は合成反応条件を最適化することで、活性を有したIgGを合成できることを報告している3)

膜タンパク質も合成自体は問題なくできる場合が多い。そのままでは、合成産物は凝集産物を形成してしまうが、リポソームやナノディスクなどの生体膜成分存在下で合成することで、膜に挿入され活性を有した状態で合成できることが示されている4)

3-2.in vitroディスプレイ

無細胞タンパク質合成系を使用して、1012を超える大きな遺伝子ライブラリから有用なペプチドやタンパク質をコードする遺伝子を選択する技術として、リボソームディスプレイやmRNAディスプレイなどのin vitroディスプレイと呼ばれる技術が開発され利用されている。例えば、リボソームディスプレイは、リボソーム上での翻訳反応を人為的に一時中断させることにより、mRNA、リボソーム、合成途上ポリペプチドからなる3者複合体を形成させて遺伝子とその産物を1対1に関連づけた後、この3者複合体を一つの分子としてみなして選別する技術である。細胞抽出液を使用した場合、反応液内に存在するヌクレアーゼなどによるmRNA の分解や3者複合体の不安定化などの問題があった。一方で、再構成型であるPURE systemは、ヌクレアーゼなどの翻訳に関与しない因子はほとんど含まれていないため、従来よりも効率よくリボソームディスプレイが実施できることが示されている5)

3-3.非天然型アミノ酸を導入したタンパク質の合成

30年ほど前、アンバーサプレッションを利用して、非天然型アミノ酸を特定の部位に導入したタンパク質を無細胞タンパク質合成系で合成する技術が開発された。この技術は、非天然型アミノ酸を導入したい部位のコドンを終止コドンのアンバーコドン(TAG)に置換した目的タンパク質の遺伝子、およびアンバーコドンに対応するアンチコドンを持つ変異tRNAに希望する非天然型アミノ酸をチャージしたサプレッサーtRNAを用意し、これらを添加した無細胞タンパク質合成系で合成することにより、非天然型アミノ酸を部位特異的に導入した目的タンパク質を合成することができるというものである。細胞抽出液を利用する無細胞タンパク質合成系で開発されたが、細胞抽出液には、アンバーコドンを認識する終結因子(RF1)が存在するために、アンバーコドンで翻訳が終了した短いポリペプチドも合成されてしまう難点があった。一方、PURE systemでは、前述のように特定の因子を含まない反応系を容易に調製することができるため、RF1を含まないPURE systemを使用してアンバーサプレッションを効率よく行うことができる1)

3-4.合成生物学(人工細胞)

近年、生物(やそのシステム)を人為的に構築、操作することで生物を理解、利用する「合成(構成的)生物学」と呼ばれる分野の研究が進展している。PURE systemは、100 種類以上の分子から翻訳反応を再構成した系であり、まさに合成生物学を体現するものである。様々な生命システムに関与するタンパク質を合成するPURE systemを、リポソームや油中水滴のような微小区画内に封じた系は、人工細胞の基盤となり得る。最近では、PURE systemに他の生命システムを組み合わせて、多様な機能を有した人工細胞の構築に向けた研究が行われている。例えば、DNA 複製系と組み合わせてDNA複製を伴う分子進化を行う人工細胞や、ATP合成酵素と組み合わせ光によるATP産生能を有する人工細胞が報告されている6)7)

4. おわりに

無細胞タンパク質合成系は、細胞が有しているタンパク質合成能力を借りて、細胞外でタンパク質を合成する技術として開発された。しかし、PURE systemは、精製した分子から再構成した翻訳系という利点を生かし、単純にタンパク質を作る目的以外にも様々な技術のベースとして利用されてきている。特に、合成生物学の分野においては、非常に重要な基盤技術であり、今後もますます利用されていくと考えられる。

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図. 再構成型無細胞タンパク質合成系(PURE system)の概要と利用例

 


参考文献
1) Shimizu, Y. et al. Cell-free translation reconstituted with purified components. Nat. Biotechnol., 9, 751-755 (2001).
2) Niwa, T. et al. Global analysis of chaperone effects using a reconstituted cell-free translation system. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A., 109, 8937-8942 (2012).
3) Murakami, S. et al. Constructive approach for synthesis of a functional IgG using a reconstituted cell-free protein synthesis system. Sci. Rep., 9, 671 (2019).
4) Kuruma, Y. et al. The PURE system for the cell-free synthesis of membrane proteins. Nat. Protoc., 10, 1328-1344 (2015).
5) Kanamori, T. et al. PURE ribosome display and its application in antibody technology. Biochim. Biophys. Acta, 1844, 1925-1932 (2014).
6) Okauchi, H. and Ichihashi, N. Continuous cell-free replication and evolution of artificial genomic DNA in a compartmentalized gene expression system. ACS Synth. Biol., 10, 3507-3517 (2021).
7) Berhanu, S. et al. Artificial photosynthetic cell producing energy for protein synthesis. Nat. Commun., 10, 1325 (2019).


 

本校をご提供いただきましたジーンフロンティア株式会社 金森 崇 様に心より感謝申し上げます。

商品紹介

PUREfrex® 酵素的 無細胞タンパク質合成キット
タンパク質調製に細胞は必要ありません

細胞の中で行われているタンパク質合成反応をチューブ内に再現
本商品は、大腸菌からタンパク質合成に必要な成分(転写・翻訳・エネルギー再生に必要なタンパク質、リボソーム)を単離精製し、アミノ酸やNTP等と混合して再びタンパク質合成できる形に再構成するPUREシステムを用いた無細胞タンパク質発現キットです。キットに含まれる大腸菌由来のリポ多糖が低減されていますので、合成したタンパク質を精製せずに、細胞を用いた実験やアッセイに直接用いることができます。

特長

  • 宿主やベクターの検討も不要
  • 複数鋳型を混在して反応させ、Fab等、多量体の合成も可能
  • 毒性の強いタンパク質も合成できる
  • 反応液量あたりの合成量はほとんど変わらない(数µL〜数10 mL)
  • 操作は簡単、ワンチューブ、37℃、数時間で合成
  • タグによる合成タンパク質の精製・検出が可能

詳細はこちら

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商品ラインアップ

無細胞発現

  • RYTS Kit(大腸菌無細胞タンパク質合成キット)
    本キットに含まれる大腸菌抽出液は、広範囲な種類のタンパク質を効率よく合成することを目的として、独立行政法人理化学研究所にて開発されました。大腸菌抽出液内の核酸分解酵素の存在量を大幅に抑えているため、環状DNA以外にも直鎖DNAやmRNAを鋳型として翻訳反応を行うことができます。また、従来では合成が困難であった比較的大きなタンパク質の合成にも適しています。合成したタンパク質は、X線構造解析やNMR構造解析としてご利用いただけます。
  • ALiCE®無細胞タンパク質発現キット
    真核生物系無細胞タンパク質発現キットです。 ALiCE®はFraunhofer社およびDow AgroSciences社にて活用されていた特許技術を組み合わせたものであり、小麦胚芽、CHO細胞、HeLa細胞、大腸菌等を用いた既存の無細胞タンパク質発現方法よりも高い発現量が得られます。

cDNA クローン

  • OmicsLink™ Expression-Ready ORF cDNA Clone
    OmicsLink™ Expression-Ready cDNA クローンは、高品質のcDNA ライブラリー由来で配列確認済みの完全長cDNAです。
    ヒトとマウス遺伝子で45,000種以上のクローンを取り揃えています。大腸菌、酵母、哺乳類、レンチウイルス、昆虫、無細胞系の様々な発現系でご使用いただけます。
  • TrueClone®
    TrueClone® はcDNA ライブラリーから単離されたクローンで、ORF全長と5'側および3'側の非翻訳領域(untranslated region:UTR)がpCMVベクターに組み込まれています。ORFを改良せずに、ネイティブのシス制御エレメントを有しており、よりネイティブな条件下でのタンパク質機能研究に適しています。
  • TrueORF® クローン
    TrueORF® cDNA クローンは、タグ融合タンパク質として発現するように設計されています。全てのTrueORF® cDNA クローンは、TrueClone® の中からシークエンスを確認して精製したプラスミドを鋳型にして、high fidelity のポリメラーゼを用いたPCR により調製しています。
  • TrueORF® Gold クローン
    TrueORF® "Gold" cDNA クローンは、タンパク質発現まで検証済の TrueORF® クローンです。現在 20,000 クローン以上、クローン数は随時増えています!
  • Viral ORF Clones
    ウイルスタンパク質発現用のTrueORF® クローンを2000以上取り揃えました。TrueORF® は、完全なORFと5'側および3'側に非翻訳領域(untranslated region:UTR)を有し、pCMVベクターに組み込まれています。

バキュロウイルス発現系

コンピテントセル

形質転換方法 商品
ケミカル
  • DH5α high Champion™
    優れた形質転換効率を発揮するよう設計されたSMOBIO社のBL21(DE3)株のケミカルコンピテントセルです。T7ベースのベクターを用いたタンパク質発現に適しています。
  • BL21(DE3) コンピテントセル、Champion™ 21
    速く、簡単に使用できる定番のコンピテントセル。T7 ベースのベクターを用いたタンパク質発現に適しています。

ELISAキット

発現系 商品
CHO
  • CHO 宿主細胞由来タンパク質(HCP)ELISAキット
    CHO(Chinese Hamster Ovary)発現系で生産されたバルク製品に混入している宿主細胞由来タンパク質(HCP: Host Cell Protein)を、高感度(10 ng/mL)で定量できるELISAキットです。
    定量が可能な比色法によるELISAキットで、3時間で測定できます。
  • CHO 360-HCP ELISA
    CHO 360-HCP ELISAキットは、CHO細胞株を用いたリコンビナント製剤の製造工程で得られるサンプルに含まれるCHO-HCP(宿主細胞由来タンパク質)を、in vitroで定量的に測定できるキットです。
    従来のジェネリックHCPアッセイと比較して、広範囲の CHO宿主細胞由来タンパク質(HCP: host cell protein)を検出できます。
E. coli
  • E. coli 宿主細胞由来タンパク質(HCP)ELISA キット
    E. coli発現系で生産されたバルク製品に混入している宿主細胞由来タンパク質(HCP: Host Cell Protein)を、高感度(30 ng/mL)で定量できるELISA キットです。
    定量が可能な比色法によるELISAキットで、3時間で測定できます。
  • E.coli 360-HCP ELISA
    E.coli360-HCP ELISAキットは、E. coli 細胞株を用いたリコンビナント製剤の製造工程で得られるサンプルに含まれる E.coli-HCP(宿主細胞由来タンパク質、host cell protein)を、in vitro で定量的に測定できるキットです。
    従来のジェネリックHCPアッセイと比較して、広範囲の E.coli HCPを検出できます。
HEK293T
  • HEK293T 宿主細胞由来タンパク質(HCP)ELISAキット
    HEK293T発現系で生産されたバルク製品に混入している宿主細胞由来タンパク質(HCP: Host Cell Protein)を、高感度(37 ng/mL)で定量できるELISAキットです。
    定量が可能な比色法によるELISAキットで、6時間で測定できます。

タンパク質測定、定量キット

  • リコンビナントタンパク質発現確認用ポジティブコントロール
    そのリコンビナント、発現してますか?
    各種タグ付きリコンビナントタンパク質を発現させ、ウェスタンブロットで確認する際、リコンビナントタンパク質(タグ)が発現しているかを確認するためのコントロールです。
    MBP-T7-HSV-cMyc-VSV-Glu-Glu-V5-E-tag-Flag-S tag-HA-6XHisの12種類のタグのリコンビナントタンパク質を発現させたE.coliライセートです。
  • 界面活性剤に対応した総タンパク質量測定用のBCAアッセイ
    本商品は、2液タイプ、界面活性剤対応のアッセイで総タンパク質濃度を測定します。
    このアッセイは、銅キレート反応に基づいており、加温か、より長いインキュベーション時間を要する従来のBCAタンパク質アッセイと同等の精度です。
  • ProteoStat® タンパク質凝集測定アッセイ
    ProteoStat® タンパク質凝集アッセイは、タンパク質製剤製造におけるペプチドやタンパク質の凝集を測定する、簡単で均質な分析評価フォーマットをご提供致します。このアッセイを活用することで、タンパク質の加工を合理化し、製剤方法の最適化を可能にします。

タンパク質の確認

タンパク質の加工

  • Buccutite™ Rapid タンパク質クロスリンキングキット
    2つの精製タンパク質(> 25 kDa)を共有結合させる迅速で便利なキット
  • Linkerology®
    抗体医薬品を含むドラッグデリバリーシステムのためのリンカー。固相ペプチド合成用のリンカー、切断可能なリンカー(Val-Alaベース、Val-Citベース、ジスルフィドベース、Ddeベース)、PROTACビルディングブロック、光活性化可能なリンカー、様々な (多) 官能化リンカーといった最新のバイオコンジュゲーションリンカーを幅広く提供しています。
  • Fmoc-L-Sec(PMB)-OH(セレノシステイン)
    X線構造解析やタンパク質中の相互作用の解析に。システインに含まれるイオウ原子を同族で重いセレン原子に置換したα-アミノ酸

タンパク質修飾

受託サービス

タンパク質の作製

タンパク質の同定・定量

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商品は「研究用試薬」です。人や動物の医療用・臨床診断用・食品用としては使用しないように、十分ご注意ください。

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