はじめに
我々ヒトも含めた全ての生物はタンパク質、糖質、脂質などの物質で構成されている。しかし、生物の最も不思議な点は物質で構成されているにもかかわらず、この物質が栄養素として取り込まれ生物の構成要素となってからそのままとどまるのではなく、ある一定の時間経過後に分解され排泄される、つまり、生物は常に物質の代謝という流れの中に存在している「砂上の楼閣※」として理解される。生物は物質で構成されているにもかかわらずこの物質が常に入れ替わっていることになり「生物の本質とは何か」という疑問が浮上してくる。セントラルドグマ説によると生物の設計図はゲノムにAGTCの4つの塩基を用いて膨大なデータが記憶され保存されており、必要な時にこの情報からタンパク質を作り出し生命活動をしているとされているので、不思議なことに、このゲノムですら物質であることには変わりなく同じように代謝されている。
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老化とは
さて、生物本体が「砂上の楼閣」とすると、老化とはなにか?
多細胞生物体における個体の老化は、Advanced GlycationEnd Products : AGEsの蓄積という新しい概念でとらえられている。AGEsとはタンパク質と糖が同じ場所に存在すると温度と時間経過だけで自動的に反応してできてくる物質の総称である。タンパク質も糖も生命体にとっては必要不可欠な物質で常に食事から摂取している。つまり生物は生存する上でAGEsの生成と蓄積(=老化)が隣り合わせになっている。近年、AGEsの生成を抑制することで老化を遅らせる物質の探索が進んでいる。方法としては①糖質の摂取を減らす、②腸管からの糖の吸収を抑制する、③腸管から取り込まれ血中に運ばれた糖をインスリンの働きにより肝臓、および筋肉に直ちに貯蔵する、④タンパク質の糖化反応を抑制するなどの方法論が考えられている。
上記のようにAGEsの生成抑制する方向性もあるが、今後の研究としては、生体内に既に蓄積してしまったAGEsを如何に早く取り除くことができるかがより重要になってきている。生体はもともとAGEsの分解、排泄、除去の機能を持っているわけなのでこの機能を強化する研究および物質探索も重要になっていると思われる。脳内の老化を考えるとβアミロイド、シヌクレイン、タウ、などの老廃物の蓄積を中心に論じられている。βアミロイド、シヌクレイン、タウも日中の神経活動に必要不可欠であるがゆえに産生されるのであるが、構造の変化(上記の糖化も含まれる)、またはミクログリアによる分解、排泄、除去機能の低下によって蓄積され認知症につながってゆく。
多細胞生物体を共生細菌もふくめた超生命体として理解する
近年メタゲノム解析などの急速な普及により、多細胞生物体に寄生(共生関係)している細菌の全貌が明らかになりつつある。これら一連の研究から、共生関係である細菌の存在が宿主の健康状態に大きな影響力を持っていることが次々と明らかになってきている。特に今回のテーマである代謝を論ずる場合でも宿主の細胞の代謝だけではなく、宿主に寄生している細菌(特に腸内細菌)の代謝を含めて総合的に判断しなければならない。
ヒト1人の場合、ヒト細胞60兆個に対して、腸内細菌は100兆個を占め、ヒトという生命体には、ヒト細胞と細菌の160兆個の集合体からなる超生命体(Superorganism : ノーベル生理学・医学賞受賞者Joshua Lederbergが提唱)として食の機能性や医薬品の評価などを考えてゆく時代はすでに到来していると言っても過言ではない。この超生命体という概念が大きくクローズアップされたのが人工甘味料の存在であろう。これまで腸内細菌を無視し、宿主側のみで見ると、人工甘味料は確かに宿主の腸管からは吸収されにくく、おいしく食べられて太らない、糖尿病を防ぐなどと言われて巷ではカロリー0を謳った飲料が一世風靡していたのは記憶に新しいところだ。しかし、近年の研究で一部の人工甘味料は腸内フローラを大きく乱していることが次々とわかってきたところである。食品、飲料だけではなく医薬品でも腸内フローラを乱していることも次々に明らかになってきている。幼少期にバンコマイシンという抗菌薬の使用によって、その後のぜんそくのリスクが高くなるなどの研究報告も出てきている。
共生進化論
多細胞生物体を、宿主と共生細菌との総和としてとらえる、「超生命体の概念」を論ずるときLynn Margulis(1938年3月5日〜2011年11月22日)の存在も語る必要がある。進化論といえば教科書的にはCharlesRobert Darwinを思い起こされるかと思うが、Lynn Margulisの提唱する共生進化論はその時間的スケールの圧倒的な大きさから今やDarwin進化論を凌ぐこととなった。LynnMargulisの提唱する共生進化論は地球生命体発生の時点からヒトをはじめとする動物も含めて共生進化した。つまり我々動物も含めて微生物から進化したと唱えたのである。Lynn Margulisの言う最初の地球生命体出現から現在のような生物多様性が共生進化的に進んできたことを考えると、我々、多細胞生物体も栄養物の吸収経路である腸管(特に大腸)に多くの嫌気性微生物をいまだにやしない(多細胞生物体は微生物に場を供給しているとする考えもある)地球生命体の中で、超生命体として共に代謝の流れの中にあることを思うと感慨深いものである。
腸内細菌が作り出す細胞外小胞(Extracellular Vesicle : EV)
上記したように超生命体として代謝を論ずるとき、腸内細菌が放つEVの存在が重要視されるようになってきた。腸内細菌から放出される短鎖脂肪酸等の分子として宿主側に及ぼす影響はこれまでにも多く語られてきたが、近年、腸内細菌が放つEVが放出した菌の菌体情報を含んだ状態で宿主体内を駆け巡っていることも多く示され、宿主の物質の代謝特に老廃物の除去機能において大きな影響力を持っていることが示されて来ている。
代謝の中での秩序
多細胞生物体が持つ組織の場の概念そしてその場自身が代謝の流れの中(砂上の楼閣)にあるにもかかわらずその場が再生して行くメカニズムは、地球生命体誕生からの歴史を考えると微生物-微生物間での情報伝達としてきたEVが宿主細胞の秩序にも大きな影響力をもっていることは容易に想像できる。腸内細菌が放つEVが宿主の組織、細胞へどのような影響を及ぼしているか、今後の研究に期待したい。
※参考文献 : 福岡伸一『生物と無生物のあいだ』講談社現代新書、2007年。
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