神経変性におけるTauの多面性
背景
Tau(tubulin-associated unit;チューブリン結合ユニット)は、主として神経細胞で発現する微小管結合タンパク質(MAP)です1。Tauの機能は、微小管の安定化1、微小管依存軸作輸送2、神経突起伸長の調節3に関わっています。Tau機能に混乱が生じると、神経原線維変化(NFTs;neurofibrillary tangles)と呼ばれる異常にリン酸化されたTauの不溶性の凝集物が、神経細胞内に形成されてしまいます。NFTsは、神経変性疾患患者のホールマークであり、まとめてタウオパシー(tauopathy)と呼ばれます1。タウオパシーには、アルツハイマー病(AD)、皮質基底核変性症、ピック病が含まれます1。神経変性の表現型に対するNFTs及びTauの関わりは、まだ議論の余地があり、Tauの凝集のメカニズムは解明されていません。
このニュースレターでは、Tauの翻訳後修飾(PTM;post-translational modifications)と、それらがNFT形成、タウオパシー、神経変性に関連する可能性について焦点を当てます(図1)。

図1 Tauの翻訳後修飾(既知又は推定のアミノ酸基質)5
Tauの翻訳後修飾
リン酸化
Tauのハイパーリン酸化が、Tauを微小管から病理的に分離させ、その後ハイパーリン酸化されたTauの凝集及びNFTsの形成の原因となっているという研究が多数発表されています5及びその引用文献。Tauを修飾するキナーゼ/ホスファターゼが多数見つかっています5。これらのうちのいくつかは、タウオパシー治療のためのターゲットとして提案されています6。異常なTauのリン酸化は、NFTs形成に影響を与えている主要なPTMであると考えられています。しかし、NFT形成の基礎となるメカニズムはまだ完全には理解されていません。
グリコシル化
天然のTauは、セリン及びスレオニン残基にO結合型β-N-アセチルグルコサミン(O-GlcNAc)が付加されることで、広範囲にグリコシル化されています7。O-GlcNAcは、可逆的な修飾で、トランスフェラーゼ酵素(付加)及びヒドラーゼ酵素(除去)により調節されています8,9。培養においても、代謝活性のあるラット脳切片においても、TauのO-GlcNAcレベルは、リン酸化レベルとは反比例しており、2つの修飾が動的平衡の関係にあるという仮説が導き出されます10,11。重要なことに、AD患者の脳のTauのO-GlcNAcレベルは、健常人のものより低く、不溶性のTau凝集物にはO-GlcNAcが完全に消失しています10。このような発見から、O-GlcNAc化の増強が、Tauのハイパーリン酸化を防ぎ、そのためにNFTの形成も軽減できるのではないかという仮説が考えられています12。また、この修飾は直接的にTauの凝集を阻害するという提案もなされています13。このPTMを治療に利用しようとする最新の試みで、グリコシドヒドロラーゼ(O-GlcNAcase)の阻害が注目を集めています12,13。
アセチル化
アセチル化は、可逆的なPTMであり、最近ではTauのリジン残基に対する病理的な修飾として認識されています14、15。AD患者の脳の免疫組織化学的研究により、アセチル化されたTauは、不溶性Tauの凝集に特異的に関わっていることがわかりました。in vitroでの研究では、アセチル化によりTauの微小管の集合促進が妨げられ、Tauの凝集形成が促進することが示されました15。アセチル化はまた、リン酸化されたTauのプロテアソーム分解も減少させます14。Tauのアセチル化をターゲットとすること(おそらくはアセチルトランスフェラーゼの阻害剤を通して)で、NFT形成を減少させることが提案されています6,14-16。
ユビキチン化
非病理的にリン酸化されたTauは、ユビキチン-プロテアソーム分解経路のターゲットとなります17。ユビキチン化は、Tauの凝集物内でも見られますが、プロテアソーム孔のサイズ制限のため、Tau凝集物がプロテアソームの分解・除去の対象となることはにはありそうにありません6。ユビキチンリガーゼのCHIPが、ADの初期段階で、Tauを凝集から保護しているという証拠がいくつか見つかり、Tau分解を増強する治療法の可能性の評価が進んでいます。
プロリル異性化
Tauの231番目のスレオニン残基がリン酸化される(pThr231)と、ペプチジルプロリルイソメラーゼ Pin1によるプロリル異性化の基質となることが明らかになっています19。Pin1は、pThr231-Pro(pThr231の次の配列がプロリン)のTauを認識し、病原性のあるシス体を非病原性のトランス体に変換します20。シス体からトランス体への変化により、Tauの立体構造にも変化が生じ、pThr231-Proの脱リン酸化が容易になり、微小管集合を促進するTauの正常の機能が復活します21。ADマウスモデルにおけるPin1を過剰発現実験で、シス型のpThr231-Proが減少し、Pin1がADのメカニズムに阻害されることが示され、Pin1の阻害を防ぐことで治療できる可能性があるという案が示されています22。
その他のTau PTM及び将来の方向性
SUMO化、糖化、ニトロ化、ポリアミン化、酸化など、Tauには上記以外のPTMもいくつか同定されており、その多くがNFT形成に関わっています5。Tauのリン酸化以外のPTMの研究は、まだ初期の段階です。明らかに、PTMは、正常のTau及び病原性のTauに大きな影響を与えており、治療用及び診断用のアプリケーションとして、将来ターゲットになりうる見込みがあります。
参考文献
1. Avila J., et al. 2004. Role of tau protein in both physiological and pathological conditions. Physiol. Rev. 84, 361-384.
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22. Nakamura K., et al. 2013. Cis phosphorylated tau as the earliest detectable pathogenic conformation in Alzheimer disease, offering novel diagnostic and therapeutic strategies. Prion. 7, 117-120.
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