

リジンのアセチル化 - 多様な細胞プロセスの制御因子
リジンのアセチル化は、多くの真核生物タンパク質の機能や局在を調節するために重要な翻訳後修飾(PTM)です。このPTMは可逆的で、ヒストン脱アセチル化酵素(HDACs)やヒストンアセチル化酵素(HATs)によって調節されます。リジンのアセチル化は、1968年にウシ胸腺ヒストンではじめて報告されました1。その後の10年間に、HMG1タンパク質(high mobility group protein 1)、α-チューブリン、腫瘍抑制因子 P53 のような非ヒストンタンパク質において、リジンがアセチル化されることが示されました2-4。アセチル化リジン抗体が開発され、抗体を質量分析法に使用するようになったことで、リジンのアセチル化部位についての大規模なプロテオーム研究が行われ、これまで把握されていなかったアセチル化タンパク質の数が明らかにされました。最初の研究では、Hela細胞の細胞質画分中に37、マウス肝ミトコンドリアに 133のアセチル化タンパク質が特定されました5。さらに最近の研究では、ラット組織を使用して、4,541のタンパク質で15,474の修飾部位が同定されました6。この研究で、リジンがアセチル化されたタンパク質の大半が細胞質 (30%) と核 (30%) に局在し、残りはミトコンドリア (15%)、形質膜 (15%)、小胞体またはゴルジ体 (5%)、細胞外領域 (5%) に存在することが明らかになりました6。今回は、細胞プロセスを調節するリジンのアセチル化の例について特集します。
リジンのアセチル化は、細胞骨格関連タンパク質(例: アクチン、チューブリン、低分子量GTPase)の調節に重要な役割を果たしています。β-アクチンとγ-アクチンから構成されるストレスファイバーは、細胞の形状や運動において重要です。筋細胞では、α-アクチンがマイクロフィラメントを構成して、ミオシンと共に筋収縮を発生させ、非筋細胞では原形質流動を起こします。3つのアクチンアイソフォームは、いずれもアセチル化されます5,7。また、アクチン細胞骨格の調節タンパク質には、アセチル化によって修飾されるものがあります。例えば、アクチン重合核形成に重要なArp2/3 複合体のいくつかのサブユニットは、アセチル化されます7。他の研究では、HAT P300 または PCAFによってアセチル化される、コルタクチンの9種類のリジン残基が同定されました。コルタクチンがアセチル化されると、細胞周辺への移行が阻害され、アクチンへの結合能が減少することから、アクチンダイナミクスの低下や細胞運動の変化が起こります8,9。逆に、コルタクチンが成長因子で刺激された Rac1 の活性化を介して脱アセチル化されると、細胞質基質から細胞周辺へ移行し、F-アクチンと相互作用してその形成を促進します10,11。Rac1などのRhoファミリーGTPase は、葉状仮足、糸状仮足、アクチンストレスファイバーを形成するアクチンダイナミクスの調節に重要な役割を担っています。これらのG-タンパク質の活性化は、GDIs(GDP解離阻害剤)を含む様々なタンパク質によって、厳密に調節されています。RhoGDI-α のアセチル化は、Rho ファミリーメンバーに対する阻害作用を抑制することから、ストレスファイバーや糸状仮足の形成が促進されます5。 RhoA タンパク質は、接着分子カドヘリンと複合体を形成する p120 カテニンによっても阻害されます。p120 カテニンは少なくとも3つのリジンがアセチル化されています。このアセチル化は、細胞内局在の変化や、RhoAの阻害に関して重要です5,12。アクチンやGTPaseと同様に、細胞骨格タンパク質であるチューブリンもアセチル化されます。アセチル化部位はα-チューブリンの Lys40 残基です3。チューブリンのアセチル化によって微小管が安定化し、束化がより効率的に行われることが分かっています13,14。微小管は細胞輸送において(特に、長く進展した軸索や樹状突起を持つ神経細胞で)重要です。チューブリンがアセチル化されると、キネシンとダイニン両方による微小管輸送が促進されます15。

図1 ヒト類表皮がん A431 細胞を TSA 処理(右: 5 µM、12 時間)または未処理(左)後、抗アセチル化リジン抗体で染色した。 細胞質や核内のアセチル化タンパク質を、緑色蛍光で可視化した。未処理のコントロールとは対照的に、TSA処理した細胞では細胞質のアセチル化微小管ネットワークがはっきりと確認できる。核の蛍光強度は、核内のアセチル化タンパク質量を示す。
リジンのアセチル化部位は、構造タンパク質以外にヒストン修飾や転写調節に関係しないシグナル伝達タンパク質にもあります。例えば、Mdm2、Ku70、Stat3、Smad7、Hsp90 などです。Mdm2 は、腫瘍抑制タンパク質 p53 のユビキチン化およびプロテアソーム分解を促進する、RING finger E3 ユビキチンリガーゼです。Mdm2 がアセチル化されると、p53のユビキチン化およびプロテアソーム分解促進機能が抑制されます16。興味深いことに、p53自身もアセチル化され、p53を介したストレス応答に関わる p53-Mdm2 相互作用の不安定化が起こります17。Ku70 のアセチル化は、Ku70/Bax 複合体からの Bax の解離を促進し、遊離した Bax はミトコンドリアに局在しアポトーシスを引き起こします18。
リジンのアセチル化は、タンパク質の機能に影響する以外に、(特に核内輸送と核外輸送の際に)タンパク質の細胞内局在を調節します。興味深いことに、いくつかのタンパク質はアセチル化によって細胞質に局在化します19,20。一方、アセチル化によって核内にとどまるタンパク質もあります21,22。アセチル化が細胞内局在を調節するメカニズムは、特定の場所に局在化する結合パートナーとの相互作用の変化(例: p53-Mdm2 の相互作用)、または、核内輸送/核外輸送因子との相互作用の変化、のいずれかです。例えば、アデノウイルス形質転換タンパク質(E1A)内のカルボキシル末端核局在化シグナル(NLS)の Lys239 がアセチル化されると、インポーチン-αとの相互作用が弱まり、細胞質への局在化が促進されます23。逆に、NLS の肝細胞核因子-4(HNF-4)は核内にとどまるために重要で、CRM-1経路を介して細胞質への輸送を抑制します24。
結論
リジンのアセチル化は、遺伝子転写などのDNA依存的な核プロセスの調節において、重要な役割を果たすことがよく知られています。プロテオミクス研究によって、リジンがアセチル化される可能性のある多くの基質が同定されました。そのうちの大部分は細胞質に存在することから、重要な細胞経路の調節への関与が示唆されます。しかし、それらの多くは、まだ機能が明らかになっていません。
参考文献
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