Ras GTPaseは、細胞増殖経路を調節し、発がん および がん細胞の移動や浸潤における重要な分子となります1-4。H-Ras および N-Ras、K-Ras4A、K-Ras4 の4つの Rasアイソフォーム(選択的スプライシングに起因する)は、30年以上前にヒト腫瘍において発がん活性化を示すことが同定されました1,2。活性化Ras変異は、単一のアミノ酸置換(例えば、G12C、G12V、G12D)によるものであり、全てのヒトがんの約30%で同定されています5-7。
グアニン交換因子 (GEF) の媒介による GDP の GTP への変換を介して、同じシグナリング経路がすべての Rasアイソフォームを活性化し、その後同じエフェクタータンパク質に結合します。しかしながら、Ras発がん性アイソフォームは、K-Rasアイソフォームを好む発がん特異性を有する様々ながん において特異的に発現されます2,8-11。実際、K-Rasは最も一般的な変異型Rasアイソフォーム(Ras変異の86%)であり、ヒトがん の21%以上と相関しています5。特に、K-Ras は、米国における死亡率が最も高い 4つのがん のうち 3つ、肺癌、結腸癌および膵臓癌において、優勢または排他的な Ras変異遺伝子です5。ほとんどの場合、K-Ras4B は、K-Ras 関連がん において最も重要な変異アイソフォームです8。本ニュースレターでは、K-Ras 発がん特異性の生物学的基礎について潜在的な解釈を考察いたします。
Rasの膜サブドメイン局在
Ras の GEF媒介性活性化およびその後の下流エフェクターとの相互作用のため、Ras はまず始めに原形質膜の内側表面上の異なるサブドメインに輸送され、挿入され、固定されなければなりません(ナノクラスター化)。局在はアイソフォーム特異的であり、超可変領域 (HVR) として知られる C末端領域内の各アイソフォーム個別の脂質翻訳後修飾(修飾例:パルミトイル化、ファルネシル化、ゲラニルゲラニル化)によって決定されます2,6,1012 (図1)。パルミトイル化は、脂質ラフトや液体秩序相膜 (liquid-ordered phase membranes) のような脂質ミクロドメインへの膜挿入に有利に働きます。ファルネシル化およびゲラニルゲラニル化は、主に、液体秩序相膜への膜挿入を有利にします。H-Ras は 1つのファルネシルおよび 2つのパルミトイルの脂質修飾を有しますが、N-Ras および K-Ras4A は 1つのパルミトイルのみ有します。対照的に、K-Ras4B は 1つのファルネシルと荷電した多塩基性HVR しか持ちません(図1)。K-Ras 独自の脂質PTMプロファイルは、H-Ras および N-Ras が好む膜組成とは反対の無秩序な酸性膜を好みます2,6,10-12。PTM および結果として得られる膜内の立体配座においての違いが、エフェクター結合親和性に影響を及ぼし得ます。そして、エフェクタータンパク質と相互作用する同じ触媒ドメイン表面も原形質膜と関与する可能性があります12。また、GTP結合状態でさえ、K-Ras の触媒ドメインが膜に面している場合は、エフェクター結合親和性が損なわれる可能性があります13。
K-Ras は、ユビキチンおよびリン酸化PTM によっても制御されます。定常状態では、脱ユビキチン化酵素 USP17 は、野生型および突然変異型H および N-Ras の機能性膜局在を阻害します。しかし、定常状態および上皮成長因子 (EGF) 刺激条件下では、K-Rasの膜局在化を容認します14。また、リン酸化は K-Ras4B の膜結合およびクラスター化に対して負の調節を行います2,15-17。
図1. Rasアイソフォームの一次構造 (出典:参考文献2)
エフェクタータンパク質の結合および下流の経路
活性Ras の下流にある 2つの主要な生理学的および腫瘍学的シグナル伝達カスケードは、 マイトジェン活性化プロテインキナーゼ (MAPK) 経路およびホスホイノシチド-3-キナーゼ (PI3K) 経路です12。原形質膜に固定された活性Rasアイソフォームは、Raf-1二量体化を促進し、MAPK を活性化します。活性化型 K- および H-Rasナノクラスターは Raf-1 をリクルートしますが、それは K-Rasナノクラスター内にのみ保持され、K-Ras を H-Ras よりも強力な Raf-1活性化剤にします18,19。PI3K に関して、K-Ras は他のアイソフォームよりも弱い活性化因子ではありますが18、受容体チロシンキナーゼ (RTK) 刺激の非存在下で PI3K を活性化する可能性があります12,20,21。
K-Ras4B は、Akt の PDGF 媒介活性化およびその後の細胞移動の増強にも特に必要とされます22。この経路は、カルモジュリン (CaM) を必要とし、成長因子媒介の Akt 活性化における CaM の役割においても、PDGF 刺激性の K-Ras / CaM-Ca2+ 複合体形成の増加を伴う可能性がある K-Ras4B を必要としています22。
明確な結合パートナー
研究者らは、K-Ras 独自の発がん特異性を仲立ちする少なくとも 1つのユニーク なK-Ras 結合パートナーが存在すると考えています。その候補は、CaM-Ca2+複合体およびPDEδです12,20,21。 CaM-Ca2+ は、HVRファルネシル部分を有するK-Ras4Bアイソフォームにのみ結合し、CaM 上のポケットに Ca2+ 依存的にドッキングします20-24。この結合は膜から K-Ras4B を取り外します24,25。 CaM-Ca2+ / K-Ras4B 複合体はまた、発がん性 K-Ras4B が細胞増殖経路を活性化する可能性のある経路を提供します。生理学的条件下では、Ras媒介 PI3K シグナル伝達は、RTK 刺激の存在下でのみ関与します。しかし、CaM-Ca2+は PI3K に結合して活性化することができ26、K-Ras4B のみがCaM-Ca2+に結合することが可能なため、研究者たちは、「K-Ras4B / CaM-Ca2+ / PI3K複合体が形成し、 CaM-Ca2+複合体が、正常な RTK が媒介する Ras-PI3K シグナル伝達カスケードの活性化と置き換わることができるようになるのではないか」と提案しています。このシナリオにおいて、発がん性 K-Ras4B 変異体は、生理学的 RTK 刺激の非存在下で細胞増殖経路を活性化することができました12,20,21。さらに、CaM-Ca2+への K-Ras の結合は、非カノニカルなWnt / Ca2 + シグナル伝達を抑制し、K-Ras 媒介性腫瘍形成の促進をもたらします27。
別のユニークな K-Ras4B 結合パートナーは PDEδであり、これは膜への K-Ras4B の輸送に関与し、H-、N- および K-Ras4A は小胞に依存します12,24,28,29。したがって、PDEδの有用性は、K-Ras 輸送およびその後の膜局在化および機能を調節し得ることです。
まとめ
なぜ K-Ras に対する発がんバイアスがあるのだろうか?という疑問が根強く残っています。上記で述べた高次構造、局在、および結合パートナーの違いに加えて、K-Ras は、K-Ras4B ノックアウト動物研究によって示唆されているように、独自の発生的役割に寄与する可能性があります2,30,31。いずれの場合でも、Ras により誘導された がんの最大割合を緩和するために、臨床腫瘍学データは、Rasタンパク質、特に K-Ras4B を標的とすることの重要性を示しています。Cytoskeleton 社は、生理学的および腫瘍学的プロセスにおけるすべての Rasアイソフォームの役割をよりよく理解するために、様々なRasタンパク質およびアッセイキットを提供しています。