ミクログリアは初代免疫系細胞であり、哺乳動物の脳において、いわゆる貪食を専門とする細胞とよばれています。ミクログリアは安静状態の脳全体を絶えず探査しており、神経毒性のある病原体や損傷した細胞機構を検出すると、それらを排除するために活性化されます1, 2(図1)。健常なニューロンでは、ミクログリアは、ニューロン新生、神経発生、および神経可塑性といった重要な細胞機能にも寄与します3, 4。これらと同様に重要なこととして、パーキンソン病(PD: レビー小体)とアルツハイマー病(AD: Aβ斑)といった、病原性の誤って折り畳まれたタンパク質の凝集で特徴付けられる神経変性疾患におけるミクログリアの役割が挙げられます。ミクログリア媒介性の神経炎症は、PDやADのヒト脳やin vivo動物モデル脳において一般的な病態生理です1, 2, 4-9。さらに、近年の遺伝学的かつトランスクリプトーム研究より、ミクログリア関連シグナル伝達カスケードがAD病態形成において非常に重要な役割を担うことが明らかになりました1, 7。本ニュースレターでは、PDやADにおけるミクログリアの活性化と神経炎症についてお伝えします。
PDは、黒質緻密部におけるドーパミン(DA)ニューロンの損失、これに伴う脳幹神経節全体におよぶドーパミン作動性(DAergic)終末の損失、および主に細胞内α-シヌクレイン凝集からなるレビー小体で特徴付けられます。レビー小体はPDの病態生理的な特質であり、それ自身もPDの神経病理的相関物であるミクログリア媒介性神経炎症を惹起します1, 2, 8, 10(図1)。PD疾患の脳では、レビー小体神経突起は活性化ミクログリアと関連し、α-シヌクレイン沈着物は炎症性マーカーと相関します。In vitro細胞培養やin vivo動物モデルにおいても、α-シヌクレイン凝集とミクログリア活性化の関係が実証されています2, 8, 10。In vitroでは、α-シヌクレイン濃度依存性でミクログリアを活性化し、ミクログリアは貪食作用を介してα-シヌクレイン凝集体を除去するものの、これら2つの過程の正確な関係性は未だ解っていません10。マウスにおいて、野生型または変異体α-シヌクレインを過剰発現させると、早期のミクログリア活性化が引き起こされます。野生型ヒトα-シヌクレインをマウスPDモデル内でin vivo過剰発現させると、早期ミクログリア活性化とその持続、および複数の炎症促進性サイトカイン(例:腫瘍壊死因子α [TNF-α]、IL-1b、IL-6、およびIL-18等のインターロイキン [IL])やケモカインの放出増大が見られます2, 6。α-シヌクレイン発現は脳全体を包含するものの、この炎症性応答は黒質線条体経路からなる中脳DAニューロンに限定されます2, 6, 8。PDのMPTPマウスモデルにおいて、MPTP毒素はミクログリア媒介性炎症を誘発し、MPTP誘導性ドーパミン作動性のニューロン神経変性が生ずる前に炎症促進性サイトカインの予想された増加が生じます8。
ADの一般的な病理組織学的特徴として、Aβ斑の細胞外沈着と細胞内高リン酸化タウ濃縮体が挙げられます。ミクログリア活性化と炎症促進性サイトカイン放出、および続いて起こる神経炎症もまた、ADの病理学的特徴です1, 2, 7(図1)。数々の研究より、ADにおけるミクログリアと関連タンパク質の神経保護と神経毒性の役割が確認できています。一方で、病原性Aβ可溶性種と不溶性斑は食作用を経て、AD後期段階ではミクログリアが斑を取り囲み圧縮します(図1)。圧縮により現存の斑上へのさらなる沈着を防げる可能性があります1, 2, 7。さらに、近年の遺伝学研究より複数のAD危険性遺伝子が明らかとなり、このうち多くのものは直接的または間接的にミクログリアに関連します(例えば、ミエロイド細胞に発現するトリガー受容体2 [TREM2] および補体受容体1 [CR1] 遺伝子)1, 7。TREM2は食作用性シグナル伝達やミクログリア媒介性神経保護に必要であり、その機能障害によりADの病態生理が悪化します1, 2, 7。健常なニューロンにおいて、CR1や自然免疫系の補体シグナル伝達カスケードの他のメンバーは、食作用、免疫複合体の除去、および補体システムの負の制御においてミクログリアの支援を行い11, 12、神経回路の発生、成熟、および精密化の間に余剰シナプスの除去(つまり、シナプス剪定)を補助します13-15。神経毒性は、ヒトAD脳やマウスADモデルにおいて補体タンパク質が上方制御され活性化されると生じます13-16。興味深いことに、Aβ斑沈着が生ずる前でミクログリア機能障害が見られる際に上方制御が生じます13-16。これらの知見より、機能障害性ミクログリアと補体タンパク質が生理的シナプス剪定過程の機能不全による早期シナプス損失に寄与することが示唆されます1, 2, 16(図1)。AD関連シナプス損失とシナプス機能障害は、補体シグナル伝達を阻害すると救出されます1, 16。シナプス損失はAD(および類似疾患)における早期病理現象であり、認知機能低下と非常に強く相関することから、これらは注目すべきデータといえます17, 18。個別のADマウスモデルによるin vivo二光子顕微鏡観察より、Aβ斑の数が増大するとミクログリア機能が低下することが示されているように、ミクログリア機能障害は継続的な斑形成により悪化することが示唆されています19。
ミクログリアとミクログリア関連タンパク質はタウ病理学に関連付けられています。in vivoマウスモデルでは、未知経路を介して、補体タンパク質の活性化がタウ病態を悪化させると考えられます20, 21。さらに、in vivoタウ遺伝子導入マウスモデルにおいて、ミクログリアの過剰活性化がタウ病理の発生と進行を悪化させることが示されています22, 23。タウ変異体病理のin vivoモデルより、毒性タウ種によるミクログリアの取込みとエキソソームによるタウ放出が、病原性タウの細胞間伝達に寄与することが示唆されています7, 24。
図1. 生理学的かつ病理学的ミクログリアプロセス
健常または病的なニューロンにおいて、ミクログリア媒介性シグナル伝達カスケードが神経保護性/神経栄養性および神経毒性効果を引き起こす。