神経発達症、自閉スペクトラム症 (ASD)などの知的障害は、神経細胞の樹状突起や樹状突起スパインの発育異常と関連があります。ASDは、行動障害が複雑に組み合わさったもので、社会的相互作用やコミュニケーションの欠陥、限定された行動パターンが特徴です。最近の研究では、世界人口の1%がASDと考えられています1。樹状突起スパインは、F-アクチンと、構造・機能が柔軟に変化するスパインとによって構成されています。RhoファミリーであるGTPアーゼが動的アクチンを制御しており、スパインはこの動的アクチンに依存しています。実際、RacとPAKのエフェクタータンパク質が、樹状突起スパインの発生・伸長・枝分かれといった、正常な脳の発達と機能の制御に必須です2-4。
最近の遺伝学の研究により、個々の知的障害者は、RhoファミリーGTPアーゼ活性化タンパク質 (GAP) などの RhoファミリーであるGTPアーゼシグナリング、セリン/スレオニンキナーゼ(PAK3)、Rac/Cdc42グアニン交換因子 (GEF) αPIX5に変異があることが分かってきました。しかも、PAK阻害因子であるFRAX486は、最も一般的な遺伝性の自閉症および認知症である脆弱X症候群 (FXS) に対する効果的な治療薬です。FRAX486は、FXS6のin vivoモデルにおいて、樹状突起スパインを正常な形態に戻し、異常行動を改善します。その上、in vivoでのASDモデルであるShank3ノックアウトマウスにおいて、Rac1の活性化により、またはアクチン脱重合タンパク質であるコフィリンを阻害することで、ASD様の表現型を改善しました7-12。
Rhoファミリーの一員であるGEF Trioは、多機能でマルチドメインを持つGEFであり、発育中の脳で広く分布しています13-15(図1)。神経細胞において最も多くTrioが発現するのは、出生前/初期の新生児期です。これは、Trioが初期の神経細胞の発育で重要な役割があることを示しています13-15。多くのTrioのアイソフォームは、場所と成長に特異的な、そのアイソフォーム独自の発現パターンを示します(図1)。海馬と皮質の神経細胞では、Trio-9は有力なアイソフォームです13,14。Trioは2つの別々のGEFドメインを通じて、RhoファミリーであるGTPアーゼのRhoAとRac1の活性化を媒介し、神経伝達において重要な、アクチンが元となる多数の構造変化を制御しています16-17。
図1. Rhoファミリー GEF TrioにおけるASD関連変異
A.多ドメインにまたがるミスセンス変異 B. GEF1ドメインがすべて欠失することにより起きる16エキソンの欠失
C. 一つのヌクレオチドが欠失することでGEF1/DH1ドメインで形成されるストップコドン
∗ それぞれの変異は認知障害の診断に利用できる。(Trioのアミノ酸配列は NCBI Reference Sequence: NP_009049.2 より)
Trio/Rac1による神経伝達の制御
本稿では、Trioが媒介するRac1の活性化と、Rac1が媒介していると考えられている細胞骨格のF-アクチンの再構築と、それが元となり、海馬と皮質の樹状突起スパインにて引き起こされるグルタミン酸の作用による神経伝達の変化に焦点を当てます。
グルタミン酸による神経伝達が機能しない障害は、ASDと関連があると考えられています18-21。最近、Trio、Rac1、グルタミン酸が作用して起きる神経伝達と、ASDとの関連が研究が始まりました。海馬の培養切片の神経細胞における野生型の-の過剰発現は、AMPAレセプター(AMPAR)が媒介する興奮性シナプス後電流 (eEPSC) の上昇を引き起こし、Trioのノックダウンは逆の効果をもたらします22。重要なことは、NMDAレセプター(NMDAR) が媒介するシナプスの活動は、いずれかの処理により明確に引き起こされるわけではないことです22。逆に、海馬の培養切片の神経細胞において、shRNAのトランスフェクションによるTrioのノックダウンにより、AMPARが媒介する興奮性シナプス後電流 (eEPSC)の選択的な上昇が起きます23, 24。Trioのノックダウンは、初期の海馬の培養切片においてAMPARのエンドサイトーシスを減少させ、樹状突起スパインの伸長と枝分かれを促進します23,24。これらの効果が異なるのは、Trioの発現が減少する時点の違いに起因します。
グルタミン酸による神経伝達をTrio/Rac1が媒介して制御していることと、ASDにおける役割が分かっていることから、ASDモデルにおいてTrioの変異がどのように影響しているのかが研究がされました。Trio遺伝子のRac GEFドメイン内のいくつかの変異が、Rac1の活性を減少させ、知的障害、指の異形症、小頭症という表現型で現れる遺伝的な発達遅延と関連しています25(図1)。さらに、ASDまたはそれに関連する障害を持つ個々の患者のTrioのRac活性サブドメイン内(GEF1/DH1; 175アミノ酸)に、6箇所のde novoミスセンス変異が新たに発見され、一か所のヌクレオチドの欠失によりストップコドンが形成されていることが分かりました(図1)。
この変異によって、ASDのin vitroモデルでは、Rac1とグルタミン酸による神経伝達を活性化するために、Trioの機能の活性が低下することも上昇することもあり得ます。Trioの変異は、Rac1の活性低下をもたらし、さらにNMDARが媒介する興奮性シナプス後電流 (eEPSC) は変化しないのにもかかわらず、沈静したシナプス(たとえば、AMPARを全く持たないシナプス)の数が増加することで、AMPARが媒介する興奮性シナプス後電流 (eEPSC)の低下をもたらします。グルタミン酸によるシナプス形成の増加により、Trioの変異は、活性化されたRac1レベルとAMPARの爆発的な増加と、NMDARが媒介する興奮性シナプス後電流 (eEPSC)の爆発的な上昇をもたらします26。Trio/Rac1が媒介するグルタミン酸による神経伝達の刺激の低下と上昇は、神経の発達や認識力に逆に作用し、ASDとそれに関連する障害を診断治療する際に考慮する必要があります。