ユビキチン-プロテアソーム系 (UPS) は細胞内のタンパク質分解システムであり、このシステムの機能障害は神経変性やがんなどの多くの疾患に関与しています1,2。UPS は主に、ユビキチン (Ub) やUb リガーゼ、 Ub 加水分解酵素(脱ユビキチン化酵素 (DUBs))、プロテアソームで構成されています。UPS の活性化は、Ub リガーゼによる3三段階のカスケードによって 8 kDa のユビキチンタンパク質が標的タンパク質へ付加されることから始まります。Ub自身がユビキチン化することで、プロテアソームの認識マーカーおよび分解マーカーとなるポリユビキチン化が生じます(図1)。ただし、モノユビキチン化のようにタンパク質の機能を制御する Ub特異的連鎖は複数存在するため、これは非常に単純化したものと言えます1-3。疾患における UPS機能障害が蔓延し、ユビキチン化によるタンパク質分解機構の分子レベルでの解明が進んでいるため、治療介入を目的として USP を標的とすることへの関心は高まっています。
ポリユビキチン化タンパク質の制御された分解におけるプロテアソームの役割および がんにおけるプロテアソームの機能不全から、研究者達はプロテアソームの阻害が がん性悪液質(消耗症候群)治療に効果があるのではないかという仮説を立てました4。そしてこの仮説により、MG-1325 の初期プロテアソーム阻害剤の開発に拍車が掛かりました。MG-132 の薬理学的性質は臨床利用への妨げにはなったものの、後に FDA に承認を受けるボルテゾミブ (BTZ) やカルフィルゾミブと言う唯一の UPS ベース薬剤の開発へと導くプロテアソーム阻害剤の創薬のきっかけとなりました。これらの薬剤は、固形腫瘍への効果はほとんど示しませんでしたが、多発性骨髄腫 (MM) 発症患者の疾患進行を著しく遅らせました6,7。
チューブリンによる苦労:BTZによるプロテアソーム標的
微小管 (MT)ネットワークと Ub との関連性は数十年前から観察されていましたが、Ub はチューブリンではなく、微小管関連タンパク質と結合すると考えられていました8。改良型 Ub 検出方法を用いた近年の研究では、チューブリンがユビキチン化されることが確認されており9-11、この修飾が、微小管の動態や機能と同様にα/β-チューブリンの回転率を制御しています。しかしながら、ユビキチン化による微小管動態の制御方法はまだ完全には解明されていません。たとえば、いくつかの研究ではチューブリンの回転メカニズムとしてUb は同定されていますが11,12、一方で Ub が安定のために重要であるとも示唆されています13。さらに、いくつかの研究ではモノおよび連鎖特異的なユビキチン化がチューブリン単量体や α/β ヘテロ二量体、MT を制御する方法を調べた研究はほとんどありません。
ボルテゾミブ 治療を受けた多発性骨髄腫患者に見られる主な副作用の一つに、ボルテゾミブ誘発末梢神経障害 (BiPN) があります。 30%の患者がボルテゾミブ誘発末梢神経障害となり、この障害がBTZ 治療による用量制限副作用であることから、BiPN の制御メカニズムを特定することは非常に重要です。培養初代ニューロンや神経細胞培養組織、BiPN の in vivo 齧歯動物モデルでの BTZ治療が、チューブリン重合の増加の引き金となります14-16。 これらのデータはBiPNにおける微小管動態の未制御が強く関係することを示すが、これらの研究では、BTZがどのように重合を促進するかについては明らかにできませんでした。BTZ は精製チューブリンの重合に影響しなかったため、パクリタキセルと類似した機序にて BTZ が重合促進するという考えは除外されました17。興味深いものとして、チューブリンのユビキチン化の BTZ 制御が重合を変化させると言う仮説があります。近年の研究では、Ub E3 リガーゼである Mahogunin の欠損によりチューブリン重合が減少すること示唆されており、BTZ誘発チューブリン重合がユビキチン化されたαチューブリンの蓄積によるものである可能性を裏付けています13。
図1. UPS介在型チューブリン分解の模式図
チューブリンのユビキチン化制御:ユビキチンリガーゼおよび脱ユビキチン化酵素の標的
疾患においては、Ub リガーゼおよびDUB が制御されなくなってしまうため、これらの酵素の標的に着目することは、UPS システムの制御にとって更な機会を提供します。Ub ライゲーションは、E1活性化酵素や E2 コンジュゲート酵素、 E3 リガーゼを介して、段階的に引き起こされます(図1)。ヒトでは、 2種類のUb E1 酵素、約38種類の E2 酵素、そして約700種類の E3酵素が存在します。創薬の試みは酵素のグループ毎に行われております。E1 酵素を標的とする場合は全てのユビキチン化阻害をするものの探索ですが、特定の E3リガーゼの場合では、いくつかのタンパク質を特異的に制御するものの探索を目的として行われています2。DUB は 100種類近く存在しており、研究用ツールとして一般的に使用されている DUB阻害剤はありますが、臨床で試験されたことのあるものは一つもありません18。これまで、多くの Ub-制御タンパク質が小分子にとって最適な標的ではないため、 有効な Ub阻害剤の開発は困難を極めています。 それでもなお、Ubリガーゼや DUB に特異的な薬剤の探索はプロテアソーム阻害剤と比べて特異性を向上する可能性があるため、価値があると考えられています。さらに、Ubタグを付加することなくタンパク質の安定化/蓄積へと導き、標的タンパク質の分解を防ぐ際に有用な可能性があります(例:腫瘍抑制タンパク質)19。
α/β-チューブリンのヘテロ二量体は、Parkin(α/β-チューブリン)やユビキチンC末端加水分解酵素 L1 UCHL1(α/β-チューブリン)、Mahogunin(α-チューブリン)を含む様々な Ubリガーゼの標的です11-13(図1)。Parkinは一般的にパーキンソン病 (PD) で遺伝子変異がみられ12、Ub 依存的な機序を介したミトコンドリアの品質管理も制御しているため、特に興味深いリガーゼです20。野生型の Parkin はα およびβ-チューブリンのユビキチン化を制御し、MT と強く関係し、毒性チューブリン単量体のプロテアソームを介した分解を促進します12。反対に、PD患者でみられる Parkin 変異体は、チューブリンをユビキチン化出来ず、分解を促進しません12。同様に、β-チューブリンのポリユビキチン化は、PD患者に存在する内在性神経毒1BnTIQ の類似体とβ-チューブリンの結合により阻害され10、チューブリン単量体の有毒な蓄積をもたらす可能性があります。乳がんおよび卵巣がん感受性タンパク質 (BRCA1) や Cullin 4A, 4B のような Ub リガーゼは、微小管の重合核形成にとって重要な γ-チューブリンのユビキチン化を制御します。21,22。近年では、脱ユビキチン化酵素 BAP1 がγ-チューブリンユビキチン化および MT による有糸分裂異常を制御することが示されています23。
まとめ
BiPN の副作用で見られた非特異性の問題などより、有効なUPS薬剤の開発は困難であるものの、UPS がヒトの健康や疾患において重要な役割を担うため、バイオ医薬品業界は開発を目指し続けています。 本ニュースレターで述べた通り、UPS 内でより多くの特異的な薬剤標的が必要とされており、Ub リガーゼもしくは DUBに存在する可能性があります。 非特異的に効果的な標的となりそうなチューブリンを制御する Ub リガーゼや DUB の同定が初期段階である一方、Parkin やUCH-L1、BTCA1のような現在同定済みのユビキチンリガーゼは細胞プロセスや疾患病状を確実に制御しており、間違いなく治療標的として研究対象となるでしょう。 サイトスケルトン社では、異なるUPS阻害剤の評価や、ユビキチン化タンパク質の内在性レベルの同定や測定に不可欠な研究ツール となるSignal-Seeker™ Ubiquitination Detection Kit を提供しています。