

PTEN(Phosphatase and Tensin Homolog)による翻訳後制御
ホスファチジルイノシトール3,4,5-三リン酸の脱リン酸化反応を触媒する酵素PTENは、癌抑制タンパク質であることが20年前に二つの研究所により報告されました1。PTENは、細胞の接着や遊走、増殖、成長、生存などの多様な機能を制御することでも知られています。PTENは5種のドメインから成っており、N末端側からPIP2結合ドメイン(PBD)、テンシンと相動性を持ちPTENの酵素活性中心となるホスファターゼドメイン、生体膜のリン脂質と結合するC2ドメイン、C末端ドメインとなり、C末端側はPDZ結合ドメインで終わります2(図1)。PTENの生体膜上のPIP3をPIP2に転換するホスファターゼ活性は、細胞の生存や増殖におけるPI3K/Aktシグナル経路を負に制御することで癌抑制因子として働いています1-3。
PTENの発現と酵素活性は、転写・転写後・翻訳後それぞれにおいて厳密に制御されています3。実際に、PTENのリン酸化、ユビキチン化、SUMO化、アセチル化、酸化などの翻訳後修飾(PTM:Post-Translational Modification)によりその安定性や活性、局在、他タンパク質との相互作用などを変化させるデータは豊富にあります。PTENの翻訳後制御の欠損はPTEN活性を失わせますが、これは正常細胞と比較して癌細胞においてしばしば起きていると考えられます。臨床的にもPTENの変異や機能的な欠失が多種の癌において広く見つかっています。本稿では、翻訳後修飾によるPTENの制御について論じています。
リン酸化
PTENのドメインでは少なくとも3種以上のドメインにおいて様々なキナーゼに仲介されるリン酸化部位が多量に見つかっています(図1)。C末端ドメインでは、PTENのリン酸化がPTEN活性の制御に重要な役割を果たしています。Ser362 と Thr366 はグリコーゲン合成酵素キナーゼ 3β によりリン酸化されます4,5。カゼインキナーゼ2は Ser370 と Ser385 をリン酸化し4,5、また Ser380 や Thr382、Thr383 をわずかに修飾するという報告もあります5(異なる報告もあります。Al-Khouri et al. を参照4)。C末端のリン酸化されたPTENは構造的に閉じており、生体膜上のリン脂質や膜アンカー型タンパク質との結合は阻害されます6。細胞膜への結合能を欠失したPTENは膜上の基質であるPIP3に対して活性を持ちません。興味深いことに、リン酸化され閉じた構造のPTENは、ユビキチンリガーゼに対する感受性が下がりプロテアソームによる分解も受けにくくなります5。
PTENのC2ドメインでもリン酸化は起こります(図1)。RAKは Src チロシンキナーゼファミリーの一つで、Tyr336 をリン酸化することによりPTEN活性を向上させます。これによりPTENはE3リガーゼNEDDとの相互作用が阻害され4-1、ポリユビキチン化やプロテアソームによる分解から守られます7。また、Rho結合キナーゼ(ROCK)はRho GTPaseシグナル経路の下流エフェクター分子であり、PTENの Ser229、Thr232、Thr319、Thr321 をリン酸化します。これらの修飾はPTENの細胞内局在やPTENを介した走化性を制御しています9。
PTENのホスファターゼドメインでは、Tyr155 のリン酸化がE3リガーゼWWP2とPTENの結合を促進し、ユビキチン化依存的な分解を仲介します8。このリン酸化を行うキナーゼについてはまだ報告されていません。
ユビキチン化とSUMO化
PTENのポリユビキチン化は細胞基質におけるプロテアソーム分解の原因となりますが、PTENの Lys13 や Lys289 部位のモノユビキチン化はPTENの核内への局在化を促進し、AKT活性を中和することで癌抑制の機能を果たします10(図1)。Lys266 もまたモノユビキチン化されることがわかっています11。また、PTENのリシン残基はSUMO1とSUMO2/3によりSUMO化されます11-13。Lys254 と Lys266 はSUMO1によってSUMO化され12、Lys289 もSUMO化が報告されています11。SUMO1修飾はPTENと生体膜との相互作用を向上させ、その基質であるPIP3との結合も促進させます12。SUMO2/3修飾されたPTENは核内に局在し、DNA修復を制御します13。
アセチル化
PTENのホスファターゼ活性ドメインはアセチル化修飾を受けます(図1)。Lys125 と Lys128 のアセチル化は、基質であるPIP3との結合に影響することでPTENのホスファターゼ活性を阻害します14。もう一つのアセチル化部位はC末端側のPDZ結合ドメインにおける Lys402 ですが、PTENの機能や局在におけるその影響はまだ明らかとなっていません15。
酸化
酸化はPTEN機能を制御するもう一つの翻訳後修飾と見られています。PTENのホスファターゼドメインにおける Cys124 の H2O2 を介した酸化は、Cys124 と Cys71 の間のジスルフィド結合の形成を誘導し、PTENのホスファターゼ活性を減少させます16(図1)。動物研究において、PRDX1(peroxidase peroxiredoxin1)を欠損しているマウスでは異常量の活性酸素による腫瘍の発達への高い感受性が認められており、これはPTENの酸化による不活化とAKT経路の過剰な活性化によるものであることが示されています17。通常ではPRDX1はPTENと結合しPTENが酸化することを防いでいます17。
まとめ
翻訳後修飾の研究は、研究者たちにタンパク質制御に関する新しい視点を提供し、ヒト疾患に対する新しい治療標的を見つけていく上で極めて重要なものです。Cytoskeleton社では、標的タンパク質の翻訳後修飾の研究に必要なツールとして、包括的かつ使いやすい Signal Seeker™ キットを提供しております。最近の研究では、EGF処理した A431 細胞において、このキットを用いてPD-L1の新しいモノユビキチン化が発見されています18。
参考文献
- Shi Y. et al. 2012. PTEN at a glance. J. Cell Sci. 125, 4687-4692.
- Lee J.O. et al. 1999. Crystal structure of the PTEN tumor suppressor: Implications for its phosphoinositide phosphatase activity and membrane association. Cell. 99, 323-324.
- Song M.S. et al. 2012. The functions and regulation of the PTEN tumor suppressor. Nat. Rev. Mol. Cell Biol. 13, 283-296.
- Al-Khouri A.M. et al. 2005. Cooperative phosphorylation of the tumor suppressor phosphatase tensin homologye (PTEN) by casein kinases and glycogen synthase kinase 3beta. J. Biol. Chem. 280, 35195-35202.
- Torres J. and Pulido R. 2001. The tumor suppresspr PTEN is phosphorylated by the protein kinase CK2 at its C terminus. Implications for PTEN stability to proteasome-mediated degradation. J. Biol. Chem. 276, 993-998.
- Rahdar M. et al. 2009. A phosphorylation-dependent intramolecular interaction regulates the membrane association and activity of the tumor suppressor PTEN. Proc. Natl. Acad. Sci. USA. 106, 480-485.
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- Trotman L.C. et al. 2007. Ubiquitination regulates PTEN nuclear import and tumor suppression. Cell. 128, 141-156.
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- Okumura K. et al. 2006. PCAF modulates PTEN activity. J. Biol. Chem. 281, 26562-26568.
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- Horita H. et al. 2017. Identifying regulatory posttranslational modifications of PD-L1: A focus on monoubiquitinaton. Neoplasia. 19, 346-353.
- Xu W. et al. 2014. Posttranslational regulation of phosphatase and tensin homolog (PTEN) and its functional impact on cancer behaviors. Drug Des. Devel. Ther. 8, 1745-1751.
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